ため池について 改修と築造

讃岐のため池はその大部分が藩制時代に築造され、その殆どが藩制時代に何らかの手が加えられているものです。箇所数ついての記録は江戸時代に入ってからで、正保2年(1645)の頃には、高松藩領内のため池は、1,373箇所あったことが記されており、また、文政元年(1818)までの調査では、5,568箇所と大きく増加しています。安政5年(1858)に完成した「西讃府志」に西讃領内のため池数が、1,109箇所と記されており、江戸時代末期における本県のため池数は、少なくとも6,500箇所を超えていたことになります。

昔の工法(均一式)

用土の掘削は鍬で、運搬は、もっこくや籠による人肩運搬かせいぜい小車運搬で、これを薄く均一に均して転圧しました。転圧は、大勢の人夫を縦隊に並ばせ、采配人の音頭に合わせながら締め固める、いわゆる杵搗き、千本搗きという工法が主体です。ほかに踏みしめと称して、大勢の人夫に隊列を組ませ、これを追い立てて足で踏み固める工法もあります。また、タコ搗きと称して、大石を丸く扁平に加工したものに数本の縄をつけ、音頭に合わせて引き上げて落下させて締め固める工法もとられました。

昔の工法(均一式)

満濃池杵搗図

満濃池杵搗図(満濃池土地改良区蔵)

(満濃池土地改良区 蔵)

タコ搗き

ため池の築造に尽くした人々

現在の工法(前刃金式)

戦後のため池は、その殆どが老朽化の進んだため池の改修であり、永年の間に堤防斜面の浸食が進んだり、木製樋管が腐朽して漏水が激しくなってため池が危険な状態になっているものの補強整備になります。 ため池の止水には、堤防全面に、水を通しにくい粘性土(鋼土または刃金土)を使い、表面には保護盛土(抱土)を施工する前刃金工法が一般的です。土の締め固めは、大型機械を土の性質に応じた最適の方法で行い、短期間に堅固な築堤が可能になりました。

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