沖仲士(おきなかせ)の酒場

 江戸時代以来、高松の商業港として栄えていた東浜港では、船の荷揚げにたずさわる沖仲士など、多くの人々が働いており、この地区には、港湾労働者のための食堂兼酒場が、いくつかありました。しかし、今日では、東浜港の賑わい自体が過去のものとなり、こうした酒場も、この地区では、右の1軒が残るだけとなりました(写真1.写真2)
 このお店でも、一日の仕事を終えた人達が、食事をし、酒を飲んでいたのですが、仲間同士で、あるいはテーブル越しに他の客との喧嘩口論になるのは、日常茶飯事であったとか。「喧嘩は外でしてくれ」という酒場の主人の怒鳴り声も混じって、たいそう「賑やか」であったそうです。店の片隅で、ひっそり夕食をとっていたお店の子供たちは、喧嘩の始まりそうな雰囲気を感じとっては、食べていた丼を引き寄せ、いざ大声が飛び交いはじめるや、丼を抱えたまま店の外へ逃げ出すという日々を送ったのです。
 ただし、いまではこのお店でも、そうした活気に満ちた光景は見られなくなってしまいました。喧騒に代わって、あるいは、エリック・ホッファーのような「沖仲士の哲学者」が、思索にふけっているかもしれません・・・。


写真1


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