Kagawa Goshikidai Children's Nature Center Natural Science Museum

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人文展示室
人文展示室
考古資料
■国分台ほか出土の打製石器

五色台南部の国分台周辺は、サヌカイトの大産地で、現在でも、県道沿いや「四国のみち」などでサヌカイトが見られます。特に、自衛隊演習場周辺では、膨大な数のサヌカイト石器が発掘されており、国分台遺跡群と総称されています。これまでの研究では、今から2万年ほど前の旧石器時代にこの付近で暮らしていた人々は、このサヌカイトを加工し、石器として用いていたことが明らかになっており、そこは、サヌカイトの原石を採集し、石器へと加工する場所だったと推定されています。国分台とその周辺で出土した旧石器時代の遺物で代表的なものは、サヌカイト製の尖頭器やナイフ形石器、スクレイパーなどで、同じ場所から砂岩などでできた槌石が出土することもあります。この槌石は、サヌカイトを加工するためのハンマーとして使われたと考えられています。

国分台出土の打製石器

国分台出土の打製石器

尖頭器

尖頭器

ナイフ形石器

ナイフ形石器

槌石

槌石

■古代寺院の瓦

7世紀になると、畿内を中心に仏教文化が花開きました。大陸から渡来した人々によって進められた寺院造営の活動は、やがて地方へと広がっていきました。古代の讃岐は、条里が整い、南海道が整備されるなど、早くから開けた地域でした。7世紀後半には、讃岐でも寺院の造営が活発化し、奈良時代には30以上の寺院が建ち並び、南海道一の活況を呈していたと考えられています。しかし、失火や兵火など様々な原因のため、当時の堂宇を残す寺院はありません。わずかに残された礎石や瓦などが、当時の寺院のようすを知る重要な手がかりとなります。瓦の製法は、仏教とともに大陸から伝来した、時代の最先端をいく技術でした。瓦の製作技術や文様の系譜を探ることで、仏教が広まりつつあった時代の讃岐のようすを明らかにすることができます。

古代寺院の瓦

古代寺院の瓦

讃岐国分寺後出土の軒瓦

讃岐国分寺後出土の軒瓦

百相廃寺跡出土の軒丸瓦

百相廃寺跡出土の軒丸瓦

■県内出土の須恵器
県内出土の須恵器

平安時代,讃岐の国は全国有数の須恵器の産地でした。現在の綾歌郡綾南町(綾川町)陶あたりでつくられた須恵器は,都へも納められていました。


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