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五色台に見られる地球の歴史
ゾウの楽園だった瀬戸内海
ゾウの化石の宝庫 瀬戸内海

ゾウの化石の宝庫 瀬戸内海

漁師の底びき網などで多くのゾウの化石が引きあげられてきたことから、瀬戸内海の海底はゾウの化石の宝庫といわれている。それは、化石をふくんでいる地層が、沿岸の陸地よりも海底にずっと広く分布しているからであり、今までに1万件をこえる化石発見の報告がある。

 

ヨシ
ゾウは種類によって臼歯(ヒトでいうと奥歯)のかみ合わせ面の模様がちがっている。引きあげられたゾウの臼歯化石の多くは、その模様からナウマンゾウであり、ほかにトウヨウゾウなども見つかっている。また、化石の研究から、ナウマンゾウの大きさはアジアゾウぐらいで、背たけは2.5〜3mぐらいあったと考えられている。
化石出土地図イラスト
ゾウといえば、現生のアフリカゾウやアジアゾウのように暑い地方の生き物というイメージが強いが、長野県野尻湖の発掘調査では北方系のオオツノジカとともに見つかっていることから、ナウマンゾウは寒さにも耐えられるゾウであったと考えられている。
ナウマンゾウが生存していたころの想像図(瀬戸内海歴史民俗資料館蔵辻一摩氏画)

ナウマンゾウが生存していたころの想像図
(瀬戸内海歴史民俗資料館蔵辻一摩氏画)

ナウマンゾウは、今から約25万年〜2万年前まで日本列島とその周辺で生活していた。また、日本だけでなく、黄海・中国北部および東北部にかけても、近縁種のゾウの分布が知られている。当時は何度か氷河期があって、現在よりも海水面が下がり、大陸と日本列島がつながり、瀬戸内海も陸地であったことがわかっている。ナウマンゾウにとって、当時の瀬戸内海は草原が広がり、絶好の生活場所だったのだろう。たくさんの島々があり、すばらしい景観の瀬戸内海も、このようなことを考えながらながめていると、ナウマンゾウの群れの雄たけびが聞こえてきそうだ。
ナウマンゾウの切せっ歯し

ナウマンゾウの切歯
(きば:写真上)と下顎臼歯
(写真右)(スケールはともに10cm)

下か顎がく臼歯

(立石清氏蔵)

ホトちゃんの豆知識 ナウマンゾウの名前の由来
ホトチャンイメージ

日本にいた大昔のゾウの化石を研究した、ドイツの地質学者エドモンド・ナウマンにちなんで、1924年に京都大学の槇山次郎教授によって名づけられた。

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