調査研究・刊行物

調査研究ノート

【香川の石碑(いしぶみ)】 第2回 「西讃拾六番霊場」碑

観音寺市大野原町萩原の高尾地区にある千手院の境内には、以下のような碑銘をもつ石柱が建っています。

「西讃拾六番霊場 本尊千手観世音 菅原道真公御彫刻本尊也 拾七番宗林寺 三十五丁 明治丗七年三月建之 施主(以下略)」

銘文には、千手院の本尊が千手観音で菅原道真の作であること、ここが西讃霊場の16番札所で、次の17番宗林寺(豊浜町和田浜)まで35丁(約3.8㎞)であることなどが刻まれています。

碑銘の最初に出てくる西讃拾六番霊場の西讃とは西讃八十八ヶ所霊場のこと(拙稿「香川県の写し霊場の成立(二)」当館『紀要』第19号参照)であり、いわゆる一国霊場(丸亀藩領一国を巡る四国八十八ヶ所霊場)が県内にあったことがわかる碑(いしぶみ)なのです。この霊場は、善通寺誕生院が第1番で、善通寺市→旧仲南町→旧財田町→旧山本町→観音寺市→旧大野原町→旧豊浜町→観音寺市→旧豊中町→旧高瀬町→旧豊中町→旧高瀬町→旧仁尾町→旧詫間町→旧三野町→善通寺市→多度津町→丸亀市→善通寺市と巡り、第88番の結願が甲山寺となっていました。

     

これらの経路や札所寺院のことは、明治2(1869)年の納経帳から知ることができるのですが、一部未記載の札所もあり、まだ全体像が完全にはわかっていないのです(前掲書参照)。またいつ頃、この写し霊場が成立したかも不明です。

ただこの石碑銘からうかがえるのは、明治37(1904)年には、この西讃八十八ヶ所霊場を巡る人がおり、次の札所を案内する必要があったということです。この碑は、忘れ去られてしまった一国霊場の存在を今に伝える貴重なものなのです。

もしお手元に、西讃八十八ヶ所霊場の納経帳をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひお知らせください。
 (主任専門職員 田井静明)

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千手院
    
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「西讃拾六番霊場」碑(表面)
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「西讃拾六番霊場」碑(裏面)
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