調査研究・刊行物

調査研究ノート

【香川の石碑(いしぶみ)】 第1回 「一千箇寺成就供養塔」

観音寺市豊浜町和田の旧伊予街道沿い、吉田川にかかる橋の南の小さな祠に三界万霊塔(文政12年・1829年)があります。その左隣に、根元が埋まった少し小ぶりの石塔が建っています。確認できる高さは70㎝あまりで、正面に「奉納一千箇寺成就供養塔」、右面に「宝暦六丙午年十月吉日」と刻まれています(香川県教育委員会『伊予「街道」調査報告書』1990年(当館編集・発行)63頁参照。現在は報告書調査時点よりもう少し埋まっていて下のほうの文字は判読できません)。

県内をはじめ、全国には「百八十八箇寺成就」などの石塔を見かけることがあります。これは西国三十三所観音霊場・坂東三十三所観音霊場・秩父三十四所観音霊場のあわせて百観音霊場と四国八十八ヶ所霊場をあわせた188箇所の参拝成就のおりに建てられたものです。四国から関東まで188箇所を巡るだけでも大変だったでしょうが、この供養塔には「一千箇寺」と刻まれています。

江戸時代、全国を巡る人としては六十六部回国聖(ひじり)、つまり日本全国六十六カ国の一宮や八幡宮、その他の寺社など各地の霊場を巡った行者が知られていますが、六十六カ国全てを巡った人ばかりではなかったようですし、近年の納経帳研究でも千箇寺以上の寺社を巡った例はそう多くありません。

この「一千箇寺成就供養塔」(宝暦6年・1756年)が、どんな人によって建立されたかはわかりませんが、江戸時代の「巡る信仰」を物語る貴重な資料の一つといえるでしょう。
 (主任専門職員 田井静明)

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吉田川南辺の三界万霊塔の祠
    
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一千箇寺成就供養塔(左)と
三界万霊塔(右)
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一千箇寺成就供養塔(正面)
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