調査研究・刊行物

調査研究ノート

【備讃瀬戸あれこれ】 第3回 「タイを拾う」

瀬戸大橋が架かる前、香川県坂出と岡山県下津井の間の島々を結んで「千当丸」(せんとうまる)という定期船が走っていました。将来橋を支えることになる島々を結び、島民の生活を支える動脈でした。

坂出港西運河の奥から出発し、瀬居島の本浦、与島の浦城、岩黒島、櫃石島に寄って下津井港に入ります。日に4便。所要時間は約1時間半です。

1年間もこの船に乗っていると、外の風景が見えなくともエンジンの音や丸い舷窓から差し込む日の光の変化で、どのあたりを走っているかがわかるようになります。

与島~瀬居島間は約4㎞あり、この航路では一番長いスパンです。単調なエンジン音が眠気を誘います。

冬のある日のこと。坂出行きの最終便に櫃石島から乗り、与島を過ぎ、うとうとしていると何かが違うのです。窓から差込む西日がなくなり船室が薄暗くなったので気づいたのか、船がいつもと違う方向を向いているようなのです。そのうちにエンジン音が小さくなり、船が停まりました。

船上で数人の叫び声が聞こえてきました。船室で不審に思ってキョロキョロすると、乗り合わせていた島の人たちは動じる風もなく、ボソボソと声を交わしています。

「また、タイでも拾ろとんじゃろ。」

タイとは魚の真鯛のことです。小さな定期船が往来頻繁な備讃航路の真中で船を停め、タイを網ですくい取ろうとしているのです。
                        (当館館長 大山真充)

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瀬居島(左側)~与島(右側)間の海
    
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瀬居島の本浦港
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鯛(おす)
(「衆鱗図」(高松松平家歴史資料
・香川県立ミュージアム保管)より)
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