調査研究・刊行物

調査研究ノート

【備讃瀬戸あれこれ】 第1回 「キュウセン」

現在のJR高松駅ができて早10年。年月が経過すると先代の駅舎の姿を思い出すことも少なくなります。これがさらに何百年も前のこととなるとまったく忘れ去られるのは自然な成り行きです。ところが何らかの理由で地下が発掘されるとその場所の過去が一気に飛び出してくることになります。

高松駅周辺も15年ほど前、再開発事業に伴い発掘調査が行われました。駅ビルのある場所は江戸時代には高松城の一部に含まれ、上級武士の屋敷があったところです。

敷地を区画する塀の基礎や溝、建物の礎石、井戸、便所などが数多く見つかり、今までは絵図でしか知ることのできなかった武家屋敷の様子が具体的にわかることになりました。

武士の生活をリアルに伝えるのは”ごみ穴”です。径2m、深さ1mの穴が掘られ、ススの付いた灯明皿、割れた陶磁器などが捨てられています。そんなごみ穴の一つに魚骨が多く捨てられていました。

専門家に鑑定を依頼したところ、真鯛が最も多く、それ以外ではカレイやヒラメのほかキュウセンやダツもあると報告されています。

真鯛が多いのは、「そうだろうな」という感想です。瀬戸内海は真鯛が多く捕れ、江戸時代はさぬきの名産にも上げられています。真鯛についてはおいおい紹介していく予定ですが、意外だったのはキュウセンとダツです。

タイ・カレイ・ヒラメと同じように食べていたのだろうかと疑問がわきました。

キュウセンは大きいもので30cmぐらいで、顔に赤や黄色の筋模様があり毒々しく見えます。この外観のせいか、身が柔らかいせいなのかわかりませんが、関東や九州では一般には食べない魚です。

とは言うものの、現代の香川では“ベラ”・“ベロコ”と呼ばれて親しまれ、焼いて甘酢に漬けた南蛮漬けが好まれています。

この讃岐の食文化の伝統が江戸時代にまで遡るなら、高松藩の武士も喜んで食べていたことになります。
                        (当館館長 大山真充)

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江戸時代に描かれたキュウセン
(「衆鱗図」(高松松平家歴史資料
・香川県立ミュージアム保管)より)
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