おわりに
-
少子高齢社会については、どちらかというと、若者が少なく老人の多い活力のない社会とか家族の崩壊が進み、高齢者が見捨てられる不安があるような社会、あるいは税金や社会保険料など国民負担が大きい社会など、暗いイメージを描きがちである。
しかし、少子高齢社会の到来が過去の失敗の結果ではなく、戦後日本の著しい経済発展によってもたらされた成果であることを考えると、社会保障制度をはじめ諸制度の適切な改革を行い、少子高齢化に適応した社会システムを構築すれば、そこには人々の明るい将来像が待っているのではないだろうか。
そのためには、人口問題審議会の報告書で結んでいるように、「将来に対する国民の様々な不安を取り除き、未来に希望を持て、安心できる社会を構築していくこと」が重要であり、国民的合意形成のもとに、「今後の我が国が目指すべき社会に向けて、政府、地方自治体をはじめ企業、地域社会、家族、個人のそれぞれの幅広い国民的な取組みが進むこと」が必要である。
参 考
-
(21世紀へのグランドデザイン)
家族の姿は以前とずいぶん変わった。両親がいて夫婦がいて子どもが大勢おり、夫だけが外で働き、妻が家事をするという家庭はなかなか見られない。高齢者夫婦だけ、高齢者1人だけという家庭も増えたし、夫婦が2人とも働いている家庭も多い。家族の人数も少なくなった。外で働く女性が増え社会の大きな力になっており、出産・育児支援政策も充実しているので、子どもを生み育てやすい環境になった。
ほとんどの人は60歳台前半まで働いており、その後も引き続き元気で働いている人もいる。それは男性に限ったことではなく、女性も同様である。引退した場合でも、多くの人は現役時代の能力を生かして週に何日か社会的、経済的な活動に参加している。ボランティアとして社会参加や高齢者の介護をしている人もいる。年齢が高くなっても、現実の社会の一員として活動を続けているというべきであろう。
病気や障害を持つ人達でも、急な病気はともかく慢性の状態のときは在宅で介護を受ける人も多い。この頃には病院や施設は十分整備されており、病院や施設で介護を受けるか、ホームヘルパーや訪問看護などを利用しながら自宅で介護を受けるかは、病気や障害の程度、家族の都合も考えて利用者自身が選べる。
年金、医療、福祉等についてわからないことは身近で相談できる体制になっており、あちこちと駆け回らないでも対応してくれる。
何よりも現役世代もこんな様子を見聞きして社会保障制度を身近なものと考えるようになっているから、将来についての不安を持たないですむし、その負担についても理解が得られている。
(H6.9 社会保障制度審議会 社会保障将来像委員会第2次報告より) |
-
(参考文献)
○ NIRA(1996 VOL.9 NO.11)
○ NIRA(1998 VOL.11 NO.1)
○ 高齢化社会の生活保障システム(八代尚宏 編)
○ 高齢社会白書(総務庁 編)
○ 次世代に豊かさと活力を引き継ぐために(経済企画庁国民生活局 編)
○ 地域政策研究第2号((財)地方自治研究機構)
基調公演
(少子社会を考える県民会議(平成9年8月27日))
-
「少子社会の現状と課題」
国立社会保障・人口問題研究所副所長
阿 藤 誠
-
-
ご紹介いただきました、厚生省の国立社会保障・人口問題研究所の阿藤でございます。今、日本で少子化問題というのが非常に大きな問題という風に捉えられておりまして、この問題を一体我々はどう考えたらいいのかということで、厚生省あるいは人口問題審議会のほうでも議論をしているところですが、今日は後にございますシンポジウムのいわばイントロダクションになるようなお話が出来ればという風に思っております。
詳しいお話はむしろ、特に具体的な施策等については、そのシンポジウムでお話が盛り上がると思いますので、私の話はやや抽象的な一般論になるかもしれませんけれども、ご了承願いたいと思います。お手許に私の用意しました資料がございます。そこに今日お話したい内容の目次と図表が16枚ほど用意してございますので、一つひとつ詳しくなかなかご説明できないかもしれませんが、横目で眺めていただきながら話を聞いていただければと思います。
出生率の動向
-
早速ですが、図表の1です。私ごとですが、私7、8年前に『コウノトリはどこへ行った』というエッセイ風の論文を書いたことがあります。もちろんこれはエコロジーの話という訳ではなくて、コウノトリが連れて来てくれる赤ちゃんがたいへん減っているということを、問題提起した訳でございます。しかし、7、8年経ちましてもなお出生数は減少し、出生率も低下を続けていると、こういう状況にある訳です。
○1970年代半ば以降の出生率低下
-
図表の1は、戦後の出生率と出生数、1年間に生まれる赤ちゃんの数の統計ですが、日本では戦前から昭和30年代の初めまでに、今、途上国が経験しているような子だくさん、多産少死と言われる、いっぱい生まれて赤ちゃんがだんだん死ななくなるということで、そういう子だくさんの状態から、ほぼ、一夫婦が子ども2人という状態に変化した訳です。
-
これは戦後の部分だけですから、昭和22年から24年の第1次ベビーブームと言われる時期からわずか8年間で、出生数が270万人から160万人に減るという、一大出生減の時代があった訳です。当時をご記憶の方は、産児制限、バースコントロール、もっと縮めて日本人流にバスコンという風に、そういう言葉が国民的な流行語になった、そういう時代でした。その時代というのは、それまで一夫婦が平均で子どもを4、5人生んでいたという状態から、子どもを今のようにほぼ2人という状態になったと、こういう時代でして、当時これは大変めでたいことであると、日本はこの産児制限、あるいはそれをもうちょっと一般的にいうと家族計画を、当時の途上国の中では最も上手くやりとげたということでした。そしてこの産児制限の成功が、その後のいわば高度経済成長の一つの要因になったということも言われている訳です。出生率はその時に4を超える状態から、ほぼ2.0という状態に落ち、その後17、18年間はほとんど2.0前後を維持して参りました。途中、“ひのえうま”という特殊な年がありますが、それを例外としますと後はほぼ2.0という状態が続いていました。
-
出生数の方は、第1次ベビーブーマーの方が結婚・出産年齢になる昭和40年代の後半に、つまりお母さんと言いますか女性の数が増えたものですから、そこで赤ちゃんの数が増えまして、1年間に200万人生まれると、こういう時代になりました。これを世に第2次ベビーブームという風に呼んでおります。第1次ベビーブームで生まれた方を、小説家の堺屋太一さんが『団塊の世代』という小説を書かれて一躍有名になりましたが、その昭和40年代の後半に生まれた、毎年200万人生まれた方々のことを、団塊の世代の子どもだということで“団塊ジュニア”と、そんな風にマスコミが名付けています。
-
しかし、昭和48年を境に致しまして出生率が再び下がり始めます。そしてそれと相呼応して出生数も年々減少すると、こういうことが続いて参りました。ですから、この出生率の全体的な低下傾向、そして出生数の減少はもう既に20年ちょっと続いていると、そういう状況です。1995年の出生率はとうとう1.42という数字ですし、出生数は120万人を割るとこういうところまできている訳です。120万人の赤ちゃんと言いますと、振り返ってみますと日本では、1894年の日清戦争の時代に日本の人口は4,000万人でした。その時の赤ちゃんの数が120万人です。今は1億2,600万人おりまして、そして1年間に生まれる赤ちゃんは当時の4,000万人の人口が生んだ赤ちゃんの数とほとんど同じと、これぐらい少なくなっているということです。これは日本全体の話ですが、ご当地香川県でも出生率は1975年から1995年の20年間で、1.96から1.55と(全国水準よりもやや高いですけれども)ほとんど同じ状況、傾向が続いている訳です。
-
こういった出生率の低下ですが、今の先進国、日本も含めてヨーロッパ、アメリカ等、先進国で、一体どれぐらいの赤ちゃんを生めば人口が維持できるのか、増えも減りもしないのかというと、一人の女性が生涯に2.1人前後、これは国によって死亡率が違いますので若干違いますが、それぐらい生むと世代が単純再生産して、同時に人口も増えも減りもしないと、こういう状況になる訳です。私どもはこの数字を「人口置き換え水準の出生率」という風に呼んでいます。人口を単純に置き換えられる、そういう数字だという意味です。ですから、結婚する方もしない方も皆含めて一人の女性が平均で2.1人生みますと、日本の人口は長期的に維持されると、そういう数字です。そういう人口置き換え水準というものを基準に見ますと、今の1.42というのは31〜32%低いということです。もし1.42という数字が百年、二百年変わらずに続くということになりますと(これはもうまったく計算上の話ですけれども)、だいたい一世代が30年ですから、30年ちょっとで31〜32%人口が減っていく、そういうことを意味する数字です。ですから、仮に、今日本の人口が1億2千6百万も、二百年もしますと一千万人台になるということになる訳でして、この数字の持つ超長期的な意味というのは非常に大きなものがある訳です。
○欧米諸国との比較
こういった低い出生率がそれでは日本だけで起きていることかと申しますと、図表の2にありますように、先進諸国で概ね共通して起きている現象です。ここでは主要な先進国が5、6カ国上がっているだけですが、ここに無い先進諸国も皆共通の傾向でして、70年代には日本と同じように皆、先ほど申しました人口置き換え水準という、2.1を割るということになり、以後全般的に低迷をしているということです。
しかし、80年代後半ぐらいからやや傾向が変わって参りまして、北欧諸国、有名なスウェーデンに代表されるような北欧諸国と、それからアメリカ、イギリス、オーストラリア等の俗にアングロサクソン諸国と言いますけれど、アングロサクソン諸国等は出生率がやや戻す、あるいは下がってもそれほど下がらないということで、1.7ぐらいから2.1ぐらいの間を保っていると、そういうことです。
それに対して、今世界で一番低いのはイタリア、スペイン、つい最近の数字では1.2(日本よりもかなり低い)という状況ですが、イタリア、スペインに代表されるような南ヨーロッパが、今世界で最も低くそして低下傾向にあります。そしてさらにドイツとその周辺諸国も1.3〜1.5ぐらいの間にあるということでして、日本は今そのドイツと周辺諸国のレベルまで下がってきていて、さてこれからどちらの方に向かおうとしているのかという風な状況にある訳です。
そういう訳で出生率の低下、とりわけ子ども2人の水準を割る低下というのは、先進国に概ね共通している(北欧諸国や英米諸国はやや高いですが)状況であるということです。一体、この出生率低下の背景というものは何だろうかということを次に考えてみたいと思います。
出生率低下の人口学的要因
出生率が下がると言いますと、我々はすぐ、特に日本ではバブル華やかなりし頃に出生率が下がったものですから、特に東京あたりでは土地の値段が上がり、住宅が上がり、そして塾通いが過熱化して教育費が上がり、ということで教育費の高騰や住宅事情が子どもの数を押さえているという意見が出されました。さらには若い方々が共働きで子どもを生まないで、そしてレジャーを楽しむという、「ディンクス」という言葉も流行りましたが、そういうディンクス的なライフスタイルが流行している、そういうことが子どもの数を減らしているという意見もありました。あるいは最近そういえば一人っ子が多い、由々しき問題であるという風な、そういうこともマスコミ等で言われました。
○結婚行動の変化(シングル化・晩婚化)
しかし、今お話したような説はほとんど当たっておりません。日本で出生率が下がっておりますのは、
図表の3にありますように、この20年間に結婚しない方が大変な勢いで増えているからです。これはちょうど出生率低下と同じ時期ですが、右側が女性の欄ですが、75年から95年の20年間に、最も結婚・出産をする20代後半の年齢層の未婚率(一度も結婚をしたことがない人の割合)が75年には2割です。言い替えれば、その年齢までに8割の方は既婚であったと、これはもっと溯っても55年頃からほとんどそのデータは変わっておりません。ところがその数字は5年毎にだいたい5%ずつ上がりまして、25%、30%、そうして85年から今度は5年毎に10%上がりまして、30%、40%、50%とあっという間についに20年間で、20代後半の女性の2人に1人は結婚をしていないとこういう状況に変わった訳です。またその他の年齢、例えば30代の前半でも2割の方が結婚していません。そして結婚は男女の問題ですが、左側を見てもらいますと、男性の場合には30代から40代の未婚率、シングル率がこの期間にものすごい勢いで上がっているということが見て取れます。
そして日本では、他の先進国、特に欧米諸国と異なりまして、結婚しない方はほとんど子どもを生みません。毎年の統計で、1年間に生まれる赤ちゃんのわずかに1%ちょっとが、いわゆる非嫡出子、婚外子であります。言い替えれば、結婚をしない方はほとんど生みません。ですからシングル率が上がって結婚をしない方が増えると、それがそのまま出生数の減少につながると、こういうある意味では単純明快な関係で、出生数が減少、あるいは出生率が低下したということです。
○夫婦の子ども数は漸減傾向
図表の4の方は、それとは対照的にご夫婦が生む子どもの数でが、こちらの方は実はこの20年ぐらい調査を続けておりますが、子どもを生み終えた方の子どもの数というのは、平均で2.2人、子どもを2人生む方がだいたい55%、3人生む方が25%、合わせて8割のご夫婦が子どもを2人か3人生むという状況です。都会では2人が多く、そして農村では3人が多いというのはだいたい想像されることだと思いますが、それにしても結婚した方の子どもの生み方というのは、先ほど申しましたような一人っ子が増えたとか、子どもを生まない夫婦が増えたとか、そういうことが必ずしもはっきり見えていないという状況にある訳です。
○欧米諸国の場合(同棲・婚外子・一人っ子増加)
この辺が日本の状況ですけれども、これは必ずしも先進国に共通するものでなく、先進国では国によっては、本当に結婚あるいはカップルを組んでも子どもを持たない、あるいは一人っ子で済ます、そういう風なご夫婦もある訳です。日本と欧米諸国が最も違いますのは、確かにシングル化、晩婚化、そして晩産化、少子化ということで結婚も出産もどんどん遅れているということは共通しているのですが、先ほど申しました同棲、それから同棲による子どもの出産ということで、婚外子の点で日本と欧米諸国は非常に大きく違います。日本の場合には、この20年間の間に他の面では大きく変化したのですが、私どもの調査では、同棲、いわゆる結婚をしないで若い男女が一緒に住むという風な行動形態はほとんど広がっていません。それから、同棲をして子どもを生むという風なことも、先ほど申しましたようにほとんど変わっていません。ところが、ヨーロッパやアメリカではこの数字がものすごい勢いで上がっております。例えば、スウェーデンやデンマークでは1年間に生まれる赤ちゃんの半分、2人に1人が婚外子です。言い替えれば、それぐらい結婚をしないパートナー、カップルが増えている、同棲が増えているということで、英・米・仏などの大国でも20〜30%の数字です。そういう意味でこの20年間に、単なる少子化・シングル化だけではなくて、欧米の場合にはそういう若者の結婚革命というか、そういう現象が同時に起きていたということです。しかし、日本の場合にはその点に関する限り、ほとんど変化が起きていないという特徴があります。
-
-
出生率低下の社会経済的背景
○女性の社会進出(高学歴化・職場進出・賃金格差の縮小)
今お話したような、出生率低下のいわば人口学的な要因のそのさらに背後に一体何が起きているのかということですが、これもかなり日本を含めた先進国で共通する部分がありますので、共通するところをお話してみたいと思うのですが、何と言っても欧米先進諸国と共通するのは、女性の社会進出ということです。社会進出というと、多くは高学歴化をし、そして職業の世界に登場する、雇用労働力率が上がる、あるいは管理職や専門職の比率が上がっていくということです。それも確かですが、同時に消費活動の面でも、日本が非常に豊かになって、それまでなかなか女性ができなかったようなことが女性も男性並みに出来るようになりました。例えば、女性も一人旅が出来る、海外旅行に行ける、あるいは女性だけで飲み屋に行けるというのは、実は30年前までの女性にはほとんど想像もつかなかったことです。ところが今の若者は、そんなことは男と同じで当たり前という状況に変わっている訳です。そういう意味で、広い意味での女性の社会活動の拡大と言いますか、そういうことが日本でも欧米諸国でも起きております。
とりわけ、もちろん、いわゆる経済活動における女性の社会進出というものが、この問題のやはりキーポイントです。女性の職業世界への進出が進み、同時に男女の賃金格差がどんどん縮まってくるという中で、それまで仕事を辞めて家庭に入るのが女性にとっては当たり前という社会でしたから、そうなると、女性がその仕事に携わっていてもあまりいいことはありません。ですから、例えばいい人を見つけて結婚をして子どもを生んで暖かい家庭が出来るということが、非常に薔薇色であったという時代があった訳です。
しかし、どうも今はそうではないと、どちらかと言うと、結婚すると今まで独身生活で味わえていた楽しい仕事、やりがいのある仕事、あるいは高いお給料、そしてそのお給料を使って自分で自由に遊べるレジャー、そういう活動が、結婚をするとすぐ子どもができて、子どもができるとなかなかそういうことができなくなります。夫の、何となく了解を得ないと仕事がしにくくなる、遊びにも行けなくなるという風なことがどこの国でも起きています。このことを経済学者が、結婚や出産の「機会費用」が上昇していると、これは要するに裁判などで、得べかりし利益という、「逸失利益」という言葉がありますが、そういうことで、要するに結婚・出産によって、今まで楽しんでいた仕事や給料やそういうものを失ってしまうと、それが高くなればなるほど結婚・出産の間接コストが大きくなると、こういう見方です。このことは欧米でも非常に強く指摘されていまして、どうも日本でもそういう傾向が起きているのではないかということが言える訳です。
○女性の社会進出と性別役割分業体制との相克
そしてもう一方で、この女性の社会進出が進む一方で、今までの日本の社会、あるいは欧米の社会がどうであったかというと、多くの社会が「性別役割分業型の社会」です。いわゆる夫は仕事、妻は家庭、結婚したら大体主になる稼ぎ手は男性で、そして奥さんはせいぜい補助労働、できれば仕事をしないで家庭で家事・育児に専念するという風なことを期待される、そういうシステムであった訳です。これは別に日本だけではなくて、アメリカでも1950年代までの社会というのはそういう社会でした。その性別役割分業型の社会というものが根強く残っておりますと、今お話した女性の社会進出とはなかなか上手くかみ合わない訳です。女性は、もっともっと仕事がしたい、もっと社会活動がしたいと言っているのです。いざ結婚・出産をするとその負担は全部自分にくると、そうすると仕事の負担と家事育児の負担、さらには最近では育児の他に介護の負担という風なものがトリプルパンチで重なってくるということも言われていて、それではなかなか女性、今の若い女性にとっての結婚の魅力というのは起きにくい、こういうことがどうも結婚に二の足を踏ませるというか、ためらいを起こさせているのではないかというようにも言われている訳です。
○女性の生き方をめぐる価値観の変化
それから、3番目には価値観の変化ということです。これは先ほどの話とも関係ありますが、欧米でも日本でも若い方々の間では、次第次第にやはり個人主義的な考え方が強くなっています。今までの社会のしきたり、考え方だけに縛られるのではなくて、こういう結婚や、あるいはシングルライフを楽しむとか、会社でも必ずしも会社の言うがままではなくて自分のプライベートライフを大事にするとか、そういう風な考え方が強くなっています。このこともまた、今のようなシングル時代の一つの背景になっているのではないかというようなことが指摘されています。価値観の点では、私が調べましたところでは、特に大きい変化というのは、先ほど申しました性別役割分業型の社会に対する考え方が、実は決して固定的ではなくてかなり変化をしております。70年代から今日20年間の総理府の意識調査を見ますと、例えば“夫は仕事、妻は家庭”に賛成か反対かという一般的な世論調査で、70年代には実に8割の方が賛成でした。ところが、90年代の調査ではそれが5割近くにまできております。ですから決して日本もそういう面で変わっていない、ではなく大いに変わっているのです。ところが現状は、大体そういう調査項目の比率が半々です。それが欧米では、ほとんど8割の方が夫も妻も仕事をする、男性も女性も社会参加をするという方に傾いているのですが、日本の場合にはその点がいわば過渡期と申しましょうか、価値観の点でも考え方の点でも過渡期にあり、非常に難しい状況にあります。例えば地域差ですとか、学歴差ですとか、あるいは年齢差、男女差というものがこの問題に非常に大きくかかわっているということになる訳です。
○子どもの価値の転換(「資本財」から「消費財」へ)
それから4番目ですが、これも欧米諸国と日本でかなり共通することですが、そもそも子どもというものが親にとってどういう意味を持つかという点で、どうもかつてと比べて、現在非常に大きく変わっているのではないかということが指摘されています。日本でも、江戸時代、あるいは戦前の社会、あるいは戦後の高度経済成長前までの社会ですと、まだ自営業の方が半分ぐらいいらっしゃると、そういう社会でした。社会保障制度もそれほど発達していない、そういう中では親が子どもを生み育てて、そして子どもが義務教育を終えると多くの方が仕事に出られ、あるいは自営業でありますと家業を継ぐという風なことで仕事をしてくれます。そして20歳ぐらいになると一人前の労働力になります。そして親が60歳ぐらいになりますと、うまくいけば老親は楽隠居で、子どもたちが一家の支え手になると、こんな風な絵が描けるところがあった訳です。こういう時代ですと、子どもというのは親にとって比較的安いお金で子育てができて、つまり教育費がそれほどかからないということです。それから多くの場合自営業ですから、同じ家の中におじいちゃんもおばあちゃんも一緒にいます。そしてまだまだ農村部に住んでいる方が多いということで生活コストも安いというような意味で、安いお金で子どもを育てられて、しかし後で大変な利子が付いて返ってくる、自分の家業を継いでくれる、労働力になる、そして老後の生活保障の支えでもある、そういうふうな非常に重い意味を持っていたということです。実は、ノーベル経済学賞をとったゲイリー・べッカーという先生がいるのですが、その先生が経済学の用語を使って、そういう時代の子どもというのは親にとって「投資財」であったと、つまり安いお金を投資すると後で利子が付いて返ってくると、そういう非常にありがたい存在であったという表現をしています。ところが現在の日本の社会を考えてみますと、8割以上がサラリーマンです。社会保障制度が発達して、年金や医療、さらには介護までも社会が肩代わりすると、こういう時代が近づいております。その上、逆に、高度情報化社会でなかなか義務教育を出ただけでは良い仕事に就けないということで受験戦争が過熱しているのですが、そういう意味で平均的に就学年数、教育の期間が延びております。当然、時間もお金もかさんでいます。そういうことで、現代の親にとって子どもというのは大変子育てにお金がかかる存在です。ところが後で、別に老後を子どもに頼ろうとか、自分の労働力になるとかいうことが何も無い訳です。ではなぜ一体子どもを生むんだろうかと、先にも言いましたように子どもを2、3人生むんだろうかと、逆に考えると不思議な感じも致します。私どもの調査ではほとんどの方が、子どもを持つ理由を「家庭が明るくなるから」あるいは「子育てが楽しいから」、「子どもの成長を見るのが楽しいから」、「子育てによって自分も成長できるから」というようなことが圧倒的でして、「家名を継いでくれるから」とか「家業を継いでくれるから」とか、そういう風な答えは非常に少ないです。今お話したような回答というのは、ほとんどが子どもの親にとっての心理的・情緒的、あるいは人間関係的な価値、意義です。言い替えると、先ほどのベッカー先生の言葉を引き継ぐと、現代の親にとっては子どもというのは非常に高いお金を払ってそういう心理的・情緒的な満足を買っているということです(非常に語弊がありますけれど、これはまあ経済学者の用語だということでご勘弁願いたいのですが・・・・)。ですから、かつてのように家を継いでくれとかそういう投資財的な側面はどんどんなくなって、今子どもは親にとっての消費財になっているのだということです。消費財といいますと、それは当然親にとっては、今自分の持っているお金を何に使うか、例えば夫婦だけで大型レジャーに行く、子どもは2人にしてなるべく1年間に楽しめるお金を残しておくとか、あるいは家を建て替えるとか、あるいは立派な車を持つとか、そういう一般的な消費行動と子どもが競合するようになってしまうと(これはやや誇張した面ですが)、そういう側面が出てくる時代であるということです。そうなるとなかなか子どもをかつてのように4人も5人も持つということが、経済的な観点からだけでは非常に難しいというような時代になってきているのだということを言いたいのだと思います。そういった、他にももちろん様々な出生率低下の理由がありますが、その結果として起きている出生率の低下、少子化が一体これからの日本の人口、経済社会にどういう問題を引き起こすのかということを次に見てみたいと思います。
[図表5・6]
出生率低下の影響
-
図表の7以降ですが、出生率の低下が将来の人口、経済社会にどういう影響を及ぼすのかということをみるためには、どうしても人口推計というものをしてみる必要があります。もちろん、経済予測も必要でしょうし、社会的なトレンドを読むということも必要でしょうが、経済や社会の予測は大変難しいです。その中では、人口の予測は比較的わかりやすい、やりやすい部分があります。そういう訳で、この少子化の結果どういう人口になるのかということを見てみたいと思います。これは図表の下にあるように今年の1月に出した人口推計の結果です。この人口推計の前提は、寿命はまだ男女ともに2050年までに3歳から4歳ぐらい延びる、そして出生率は1.6人ぐらいが続く、こんなふうな前提で考えた推計です。
○少子化
その結果がどうであるかと申しますと、図表の8以下です。まず起きてきますのはもちろん少子化です。この図表の8で言いますと、真ん中に年少人口とありますが、子どもの数はまだ減りまして、95年の2,000万人から50年の1,300万人まで700万人減るということで、子どもの少ない社会、ますます少ない社会というものがこれから起きてきます。ですから、産業や行政で言いますと子ども関連の産業、いわゆるチャイルドインダストリーの需要が下がりますし、そして子ども関連の行政ニーズ、サービスニーズというものも全体としては小さくなります。もちろん後でお話に出ますような、保育のきめ細かいサービスというものは違いますが、全体の量としてはもう既に、例えば保育所は全国的にはもう十分足りているとかそういう風な議論があるのは、子どもの数が少なくなれば当然行政サービスのニーズ、子ども関連のニーズが下がるということを意味している訳ですが、そういうことがこれからも続いて起きるだろうということです。
○労働力の減少と高齢化
それから2番目には、生産年齢人口の減少、これは15〜64歳と定義していますけれど、いわゆる社会の中核部分の働き手の人口が、少なくとも近代日本が始まってから初めて減少を始めます。15歳以上ですともう既に始まっています。そして20歳〜64歳ですと2000年頃をピークにして減少が始まります。生産年齢人口の減少は、この15〜64歳では8,700万人から5,500万人まで、実に55年間で3,200万人減ります。いちばん生産年齢人口が減る年には、ほぼ1年間に100万人の人口、つまり香川県の1県の人口が1年で減っていくと、そんな風なことが起こりうるというのがこの推計の示すところです。生産年齢人口の減少と同時に若い方が減りますから、生産年齢人口の、つまり働き手の高齢化ということも起きます。そういうことが重なりまして、労働力の供給制約が強まり、なかなか労働力が手に入りにくくなります。それから労働生産性が低下し、つまり若い方が少なくなるとなかなか労働効率が上がらないという側面が起きてきます。そういうことが重なって将来の経済の発展、経済成長の足かせになり、下手をすると生活水準の低下ということも起きかねないということが指摘されています。もっと分かりやすい例では、生産年齢人口がこれだけ大幅に減るということは、私どもの身の回りでも介護や看護の労働力がこれから実は大いに必要になるにもかかわらず、なかなか手に入りにくくなります。さらに付言すれば治安や安全保障の人材を確保するのが難しいというような問題も起きうる訳です。当然、男子の労働力が減りますから、その分今後女性、高齢者の活用が求められ現実に増えていくでしょうが、同時に外国人労働への依存度も高まっていくのではないかということが予想されます。
○高齢者の増加
4番目には、今のように子どもの数が減り、働き手の数が減るのとは対照的に、高齢者の数だけがどんどん増えていきます。これは現在の少子化とはまったく関係なく、戦後ずっと続いている、いわば長寿化現象の結果として皆が長生きすることになって、どんどんどんどんお年寄りの方が増えていく訳ですが、この老年人口、65歳以上人口が1,800万人から3,200万人まで1,400万人増えます。
とりわけオールド・オールドと言われる75歳以上が700万から1,900万まで1,200万人増えます。つまりお年寄りの中のさらにお年寄りの数の増え方の方がずっと大きいということです。このことは、もうさんざん高齢化問題で言われているように、産業で言えばシルバーインダストリー、高齢者のための様々な産業のニーズが高まる訳ですし、行政でいうと老人のための保健医療福祉需要、サービスの需要というものがますます大きくなります。とりわけオールド・オールドの方がこれだけ増えるということは、いわゆる要介護のご老人の数が大変大きく膨れ上がる、おそらく2025年までに2.5倍から3倍近く増えるのではないかということが言われていますが、そういうことが予想される訳です。
今までのは、2050年までの年齢別の人口の動きでしたが、図表の9、10にあるように日本人口全体が高齢化をしていくということが起きる訳です。65歳以上人口割合は、95年で14.6%、国民の7人に1人が高齢者ですが、これが2050年には、もし今のような低水準の出生率が続くと32%台、3人に1人が高齢者と、こういう大変な超高齢社会が到来するということをこの推計結果が示している訳です。
もちろんこの3人に1人になるかどうかは、これからの出生率がかなり関係していて、この図表の9にありますように、高・中・低と幅があるのは、もし出生率がもう少しこの中位推計の仮定1.62よりも回復するということになると、低い方、29%、30%を上回らないというあたりで押え込めて、その結果21世紀の後半に何とかそれほどではない超高齢社会を享受できると、こんな風なことを示しています。
こういう高齢化が進みますと何が起こるかというと、図表の10で、これもしばしば引用されるグラフですが、特にこの真ん中、図表10の真ん中の線は生産年齢人口、働き手を分母にして、老年人口を分子にした、働き手が何人の高齢者を支えるのかということで、よく引用される数字です。それが95年には20%、ですからほぼ5人で1人を支えるということですが、2050年にはこれが59%、10人で6人を支えると、いうことになります。これを裏返しますと、今は高齢者1人を4.8人で支える、それがやがては高齢者1人を1.7人で支えるという風な状況に変わりますので、支える側の負担から言いますと、その高齢者の扶養負担が55年で2.8倍になるということになります。
今、内閣や国会などでも大変論議を呼んでいる社会保障制度改革と言われるようなものも、煎じ詰めれば、長期的に日本の人口がこれほどまでに高齢化をしていくという、そういう道筋というものがほぼ見えてきたということに基づいて、とても今の社会保障制度を維持することは難しいと、現行の制度のままではたちまち財政がパンクしてしまうということで、様々な改革論議、現実にもう手を付けたものもありますが、年金改革、あるいは最近取りまとめましたような医療保険の改革といったようなことが目白押しになっているのも、こういうことが背景にある訳です。
○人口減少
もう一つ人口の変化としては、総人口、日本全体の人口というものが減っていくと、先ほど冒頭のご挨拶でもございましたように、いよいよ日本の人口が減少していくということがほんのつい先にみえてきたということです。日本の人口が明治の初年に3,400〜3,500万人でしたが、現在1億2,600万人、この日本の明治以降の近代化の歴史は、同時に人口増加の歴史でもありまして、私の子どもも私の世代も、あるいは親の世代も皆、社会というのは人口が増えるのが当たり前だとそういう前提でものを考えてきたところがあります。
ところがいよいよ、この推計では2007年をピークに致しまして日本の人口が減少を始めます。減り始めますと、21世紀100年間は全体として人口減少が続くということで、近代化以降の人口増加の時代から、いよいよ人口減少の時代に我々は入ろうとしています。これもまた高・中・低と出生率によって違いますが、仮に出生率が高位の仮定をとったとしても人口は減り続けるということですから、ほとんど確実に、21世紀は人口減少の時代であります。2050年には1億人、そして2100年には7,000万人を割ると、今の半減に近いようなところまで人口がさらに減り続けると予想されますし、今のイタリアやスペインのような出生率に仮になりますと、ここにあるような5,000万というのも非現実的な数字ではないというようなことが、人口推計の結果からは出て参る訳です。
この人口減少というのは、なかなか評価の難しい問題です。日本では長い間、小学校や中学校の教科書で、日本は資源の乏しい、人口密度の高い、人があふれた国である、だから皆頑張って働こうと、そして経済発展を進めて生活水準を上げていこうと、それしかないということをさんざん頭の中にインプットされて育ったご記憶があると思います。そういう意味で、日本の人口が今の1億2,600万人から6,000万人になるのか、なかなか悪くないなという風にお考えの方も相当あると思います。生活実感としては確かに、人が減るということは、例えば今日本でいろいろ問題になっているような、人口過密に伴う土地や住宅の高い値段、特に欧米と比べて高い、そういうことが解消されるのではないか、あるいは緑や環境、いわゆるエコロジー的な側面では人が少ない方が望ましいのではないかという風な議論、あるいはもっと広く、社会的なゆとりという点でも人が少ない方がギスギスしないですむんじゃないかという議論もあろうかと思います。さらには地球環境的な議論では、先進国の人というのは一般的に途上国の人に比べて、一人当たり20倍のエネルギーを消費しています。それだけエネルギーを消費すれば、当然20倍のCO2を排出し、そのことが地球の温暖化に大変貢献していると…(悪い意味ですけれども)。ですから、先進国の人口はあまり増えない方がいいという風な議論もある訳です。
しかし、こと国内の問題に限って考えますと人口減少、とりわけものすごい勢いで人口が減っていく、例えば2040年代には日本全体の人口が1年間に80数万人減っていきます。これは、千葉市の人口が毎年一つずつ減っていくという数字ですが、それぐらい大きく減少していきますと、当然これは、人口というのは同時に生産人口でもありますが消費人口でもあり、そういう意味で有効需要がどんどん減退していくということで、これはまた経済、そして生活水準の足をひっぱるという可能性が非常に強い訳です。そういう、人口減少というのは二側面を持っているということがあろうと思います。
[図表11・12・13]
少子化への対応
最後に、少子化への対応、仮にこういう問題がいろいろほぼ確実に起きるということだと、一体我々はこれに対してどういう風に対応したらいいのかということです。これにつきましては、むしろこれからのシンポジウムで、一体どういう方策が考えられるか具体的に議論していただけると思い、ここでは国際比較的な観点から原則論めいたことだけをお話して締めくくりたいと思います。
○少子化への家族政策
冒頭の厚生省の方のご挨拶にありましたように、この問題に対しては、結婚や出産、子どもの数の問題に政府が介入しない方がいいという考えもあります。しかし、もう一方で今お話したような超高齢・人口急減社会が来て、我々でないかもしれないけれども、我々の子どもの世代、さらにはその2世代先の世代がそういう超高齢・人口急減社会の中で経済的にあえぐのを放置して良いのかというご意見もあります。
欧米でも同様の議論はあり、「結婚や出産の問題には政府はあまり介入しない方が良い」というのは、一般的にアメリカやイギリスや、いわゆるアングロサクソン諸国がそういう立場を取っています。それに対して、「いやそうではなくて高齢化社会が国民の活力を減らすことを何としてでも防がねばならない」という考え方を国のポリシーにしているのがフランスです。フランスは戦後一貫してそういう立場を取っていて、そのために大変強力な家族政策を取っています。
しかし、その他の国はどうかというと、直接的に出生率を引き上げるために何かをするということはなく、広い意味で子育て環境の改善を目指した、いわゆる家族政策というものをとっている国がほとんどです。その考え方には幾つかあり、一つは日本のエンゼルプランのように、子どもを3人を理想とするけれども2人しか生めない、そのギャップを国の政策によって埋めていこうという考え方です。あるいは子どもが2人の家庭と4人の家庭では、給料が同じであれば、その子どもたちが受ける教育や生活水準のチャンスが違ってきます。そこを政府が補填してあげようと、こういう福祉政策的な観点がありまして、それに従って、例えば児童手当を支給し、教育費を補助する、そういう考え方につながった政策をとっている国もあります。これはフランスもそうですが、ベルギーとかオーストリアとかそういう国が中心的にそういう考え方をとっております。
○少子化への社会的政策
もう一つは北欧諸国で、先ほどスウェーデンの例を挙げましたが、スウェーデンやノルウェーなどは、今起きているこの少子化・出生率低下の問題が女性の社会進出に伴う社会変革、特に今までの性別役割分業型の社会を男女平等社会、男女共同参画型社会に変えていくということによって解決できるのではないかということで、国全体として男も女も社会に参画する、同時に男性も家庭に参加する、こういう風な政策目標をたてて強力な政策を進めています。
その中心になるのが、日本でも導入されましたが、「育児休業制度」であります。あるいは子どもの看護休暇、あるいはダディーズデーに、お父さんが10日間ぐらい必ず出産の後休むとか、あるいはPTA休暇のようなものもあります。女性が仕事を持っていても(もちろん男性も)、そういう育児に伴い休まなければならない時には権利として休めると、そういう制度を設けるということです。あるいは、1歳半ぐらいまでは育児休業制度で休むが、その後は徹底した保育サービスを強化することによって、子どもを保育所に預けて男性も女性も仕事をすると、そういうシステムを実に高いお金を払って作り上げています。そしてそのことが出生率の向上に効果があったという評価がある訳です。
○民間の対応
ですから、これからのシンポジウムでもそういった政策的な側面の議論、特に地方自治体に根ざした様々な施策が出て参りますでしょうが、もう一つ最後に付け加えたいのは、アングロサクソン社会、アメリカやイギリスは何もしていないのに、図表の14にありますように、実は出生率も世界の中で一番高いのです。この秘訣は一体何なのでしょうか…。これは、国がやらなくても民間市場あるいはコミュニテイなどが、男性も女性も働きやすいような保育サービスを市場メカニズムを通じて提供しているのです。ベビーシッターから始まってコミュニテイセンターとかYMCAのようなボランタリー組織、NGO組織、あるいは企業の企業内託児所のような形で、いろいろな形で提供されます。そのことが社会全体として男性も女性も働き易くする、そういう環境が生み出されているのではないかという議論があります。
さらには、英米の場合は女性が例えば子育てで一旦仕事を辞めて家事育児に、例えば1年間は専念します。しかし、もう1回労働市場に戻ろうとした時に、前に就いていたようなレベルの仕事、あるいは給与を比較的容易に手に入れられる労働市場です。再雇用市場が発達し、そして特に資格給・能力給が強い労働市場ですと、比較的、結婚、出産、リタイア、そしてもう一回再雇用、再就職という時のコストが小さくてすむということです。
この辺、日本の終身雇用、年功序列、年功賃金というのはその正反対にあり、一旦フルタイムの仕事を辞めてしまうと、せっかく大学を出て立派な何か職業資格を持っていても、なかなかそれを活かすことが再雇用では難しいという風なことがしばしば指摘されます。そういう労働市場の硬直性ということも一つの原因になっています。
ということで、そういった民間保育サービスと同時にそういう労働市場のいわば柔軟性というものが、このアングロサクソン社会では生み出されているのではないか、こんなことが全体として女性の社会参画、同時に出生率の下支えになっているということが言えるのではないかと考えられる訳です。
加えて、日本の場合には、家族というものが今までのように、「できれば結婚後は、お嫁さんは家に居て炊事・洗濯をしてくれ」、「育児・介護も自分でやってくれ」という風に期待する男性が多いうちは、どうも今の若い女性の方が結婚に魅力を感じにくいようです。日本は今、そういう言わば伝統的な家族観を守ろうとすればするほど、実はシングル化が進み、出生率が低下し、やがて国を滅ぼす原因になるのではないかと(これはちょっと極端な話ですけれども)、そういう風に思われます。
私の結論は、やや先走っておりますけれども、むしろ私たち自身の中から社会革命を起こして家族観をもっともっと自由にする、仕事観を自由にするということで、むしろ少子化の問題に対応していくということで、ありきたりの結論ですけれども「男も女も社会参加を、そして男も女も家庭参加を」ということで、この少子化の問題を乗りきっていかなければならないのではないかという風に考えています。
ご静聴ありがとうございました。
[図表15・16]
シンポジウム
(少子社会を考える県民会議(平成9年8月27日))
-
テーマ 「少子化と子育て支援」
■コーディネーター
毎日新聞社論説副委員長(人口問題審議会委員) 宮 武 剛
■パネラー
中央大学教授(人口問題審議会委員)
大 淵 寛
国 分 寺 町 長
津 村 文 男
(株)セシール 管理本部労務課長
田 頭 照 夫
連合香川 女性委員会委員長
鍛冶田 智 育
(財)香川県民間保育所振興会会長
荻 田 美和子
宮武(毎日新聞社論説副委員長(人口問題審議会委員))
世の中の全ての営みは、人間の数と年齢構成、あるいは男女の比率によって産業も政治も社会も動いていく訳で、その基盤である人口構造に大変な変化が起きている。そのことを認識しておかなければいけないと思っております。
今、年間で生まれる赤ちゃんの数は120万人をちょっと切っています。そう言われましてもなかなか実感がわかない訳ですが、昭和22年から昭和24年にかけて生まれた方たちを第一次ベビーブームの世代とか、あるいは作家の堺屋太一さんが、「団塊の世代」と名付けておられます。あの時代は、だいたい年間で260万人から270万人、赤ちゃんが産まれました。それが今は、120万人を切るのですから、半分以下になっています。
これだけ激しく、子どもが減っていくということが、この先、私どもの社会にどんな影響を与えていくのか、考えていかなきゃいけない。120万人ですから、男女の比率が60万と60万として、60万人を例えば男が大変たくさんいるような職場、例えば、警察だとか自衛隊が、この子どもたちを人材として奪い合うことになります。
今日はそういう問題をいろいろな面から話し合っていただくために、大変すばらしいパネリストをお迎えすることができました。当初、それぞれの立場からどんな風にこの少子高齢化社会という問題を考えておられるのかを、まずお話しいただきたいと思います。
大淵(中央大学教授(人口問題審議会委員))
私は、もう何十年もこの人口という問題を経済学の立場から研究して参りました。最近この少子化ということでいろいろな所でお話する機会も多いですけれど、今日は、まず少子化というのはどういう問題なのかということをお話してみたいと思います。
少子化は、短期的にも問題を生じますが、中・長期的な結果は一層深刻でありまして、さらに超長期になりますと、極めて危機的な状況をもたらすと考えられる訳であります。本日のテーマは、安心して子どもを生み育てる環境づくりということでありまして、私はマクロ的な観点からこの問題を少し考えてみたいと思います。なぜならば、子育て支援というような政策、あるいは対策といったことを論ずるには、まず少子化とは何か、何が問題なのかということを明らかにする必要があると思うからであります。
第1に、今なぜ少子化問題なのかということでありますけれども、実は少子化というのは今に始まったことではなくて、終戦直後の1950年代以降に急激な出生率の低下がありました。先ほど宮武さんの方から話があったその団塊の世代、その直後に起こったものでございます。この時は、戦争に負けた直後で、日本経済も崩壊して大変な時でしたから、むしろこの出生率の低下は過剰人口を緩和するものとして、むしろ歓迎されたといってよいかと思います。ところが、現在のこの少子化、これは第1次石油ショックの直後から始まって既に20年余りを経過した訳でありますが、これについては「少々、前の少子化とは違うな」ということで、世間的な注目も集めてくる訳であります。
これが問題にされる理由というのは、第1にはそれがやがて人口減少につながるということであります。日本は明治維新以降の近代化の過程で、ずっと人口を増やし続けて参りました。江戸時代以前ですと減少ということもあった訳ですけれども、それ以降は、第2次大戦の1945年という異常な年を除きますと、人口がずっと増加し続けてきた、その中で急激な経済成長を実現し、今や世界第2位の経済大国と言われるまでになった訳であります。ところが、百数十年ぶりにこの人口が減り始めるのだと、これがもう確実になった訳です。これがまず第1の問題であります。
それから第2には、人口の高齢化が一層加速するということになります。来世紀の半ばぐらいには人口の3人に1人が65歳以上という超高齢社会になる。これも少子化の成せる結果なのです。
「合計特殊出生率」が1昨年、1995年に1.42と史上最低を記録したということは、一体どういうことなのだろうかということですが、これがもし将来にわたってずっと続いたとしますと一体、日本はどうなるか。あくまで計算上のことですけれども、日本の人口が半分になるのにわずか53年、半世紀ちょっとで半分になります。10分の1になるのにわずか175年しかかかりません。その3倍の525年後には日本の人口は1,000分の1になります。1,000年後には日本人は200人ちょっと、ということになってしまいます。つまり生物学的にいいますと、もう1,000年後には日本人は地球上から事実上姿を消す訳です。これはもちろん机上の計算にすぎませんし、1,000年も先のことを心配しても始まらないという人もいらっしゃるでしょうし、また日本は国土も狭く、過密状態なので人口はむしろ減ったほうがいいという風に考える人もいるかもしれませんが、このように半世紀で人口が半減し、1,000年で人口が事実上消滅してしまうほどの低い出生率というのは、やはり異常だという認識をまず持つべきではないかというのが、私の基本的な考え方です。
この少子化がこの日本に、もちろんこれは地域社会にも大きな影響を及ぼす訳でありますから、どんな影響を持つのかということをよく考えなければいけない。もちろんメリットがない訳ではありません。国レベルでいえば、例えば資源の枯渇でありますとか、環境汚染というものを緩和するという効果を持ち、また、過密な都市でしたら、土地とか住宅とか公園とか緑地等々が一人当たりで見て増えるというようなメリットもあるでしょう。また社会的には、教育環境が改善される、受験地獄が解消するということもメリットと言えるかもしれません。しかし労働力が減ったり貯蓄率が下がったりして経済が成長しなくなれば、ゆとりができる反面で人々が今よりもずっと貧しくなってしまうかもしれない訳です。また、労働力が足りなければ、それを外国人で補うというバブルの時に起こったことがまた起こる可能性がある訳です。
こうした問題を避けるために、今我々はこの少子化に対してどういうことをしなければならないのかということを国、地方自治体、企業、家庭、いろいろなレベルで考えなければならない。何らかの対策を講ずるべき時に既にきているという認識を、我々は持たなければならないということをまず申し上げておきたいと思います。
宮武
香川県で赤ちゃんが生まれる率が高い町であり、福祉行政に手厚い努力をなさっています津村町長から冒頭の発言をお願い致します。
津村(国分寺町長)
国分寺町という町は、端的に申し上げまして県内の中央にあります。そして高松市と坂出市の中間にございます。そういう意味あいから、ベッドタウンとしての色彩を非常に濃く持っている町であります。それがこの節たいへん人口が増えて参りまして、22,400人を超えるという状況になっておりまして、ここ10年間で5,000人以上の人口の増加というような町であります。
ベッドタウン化していく町というのは、そこで家族が安心して住める、あるいは子どもを生み育てることも容易である、しかもそれらのカバーが行政として手厚いものがあるというようなものを作り上げることが実は町に住む人のために、しかもベッドタウンとして自認していくためにもたいへん大切なことだと思っておりまして、本町では、ベッドタウンとなっていくだろうというような予測と自立の心構えは、もう既に昭和40年後半から町の一つの方向として考えて参った訳であります。そんなようなことを考えて参りまして、いわゆる子育てをするのに快適な町というのはどういうものだろうかというようなものを模索しながら、現在に立ち至っている訳であります。
私どもとしては、子どもは地域社会で育てなければならないというような考え方を、まず持った訳であります。そのために、児童館の整備をやろうということで、児童館の建設に掛かった訳でありますが、昭和57年から平成元年にかけまして、児童館の建設に取り組んで参りまして、児童館はその地域で育つ子どもが自由に出入りできてそこで遊ぶ、そしてお互いに子どもの交友を、交流を図れる、そして子どもには親がついておりますから親子の交流を図っていこうというようなことで、児童館をまず5館建てて皆様にご利用を願っているところでございます。現在は、留守家庭の児童クラブなどもこの児童館を中心に致しましてご利用を願っておりまして、まずは好評であるというように自負致しているところでございます。
放課後児童クラブにつきましても、やはり夫婦でお勤めになる家庭が多ございますから、どうしても「子どもが帰っても家には…」というようなことで留守家庭化している、「そういう子ども自身が安心して、親のお帰りになる時間まで遊べるところはどこか」というようなことで、先ほど申し上げた児童館を中心にしまして、放課後の留守家庭児童クラブというのがありまして、留守家庭になる子どもというのは今90人を超えておりまして、我々のこの視角の中で児童館で面倒を見ているというようなことが実際に行われている訳でございます。
また、保育サービスというようなものにつきましても、本町は出生数はあまり多くはございませんが、近年、増加を致しているところでございまして、この上昇のグラフをもっと上げたい、そのための施策を行っていこうと、その保育所でございますけれども保育所も公立が2園ございまして法人が3園ということで計5園の保育所で保育サービスをしているところでございます。保育サービスにつきましては、ご承知のようにエンゼルプランの中にありますように、特別保育事業などに積極的に取り組んでおりますが、言われておりますような時間延長型の保育サービス、乳児保育事業、一時的保育事業、地域子育て支援センター事業、低年齢保育促進事業などを実施いたしまして保護者の方に喜ばれているというように考えております。また、ご承知のようにこの度、保育事業に対する県の援助の制度化がございましたが、「第3子以降3歳未満の保育園児に対しては無料で保育を受け持つ」というようなことにつきましても、4月以降実施をしているところであります。
近年、少子化の進行や夫婦共働き家庭の一般化、家庭や地域の子育て機能の低下など、児童及び家庭を取り巻く環境は大きく変化しておりますが、これらを行政の側でどう問題を解決していくか、というようなことに対する方向は非常に複雑多岐でございますけども、こうした状況の中で将来の我が国を担う子ども達が健やかに育成されることについて、本町におきましても児童の自立支援、施策などに強い関心を持っておりまして、児童福祉法を中心とする児童福祉制度を質の高い子育て支援制度として再構築をはかる必要があると考えております。
そのほか、お子様を持つご家庭の皆様からのご要望も非常に強い訳でありますが、公園を整備する、いわゆる遊び場を整備するということであります。これにつきましても、本町と致しましては、もう既に約10ヘクタールの都市公園が完成して、現在ご使用いただいております。さらに、5ヘクタール近い公園を現在、着工寸前にございまして、これも完成を早くしたいというように考えておりますが、その中でもミニ公園と称しておりますが、減反で休耕田になっておりますものを借り受けて、その周囲の人が子どもを連れて、あるいはお年寄りと一緒にご利用できるというコミュニテイ広場の建設を続けておりまして、現在4ケ所できておりますが、今後もさらに広めて参りたいというように考えております。
私は子どもを生むということは、先程申し上げたようなことで、行政の手当てが足りているとは思いません。もっときめ細かい、そして本当にお母さんや子どもが何を望んでおるのかということに、もっとシビアに対応していくことが必要であるというように考えておりますが、やはり結婚、出産、子育て、個人の生き方や価値観がたいへん大切なことではないかというように思っております。子どもを持ちたい人が安心とゆとりを持てる地域社会というのを私どもは責任を持って育てなければならないと思いますし、我々の祖先や先輩が国分寺町という町を立派に育てる努力をしてくれた訳でありますから、私たちはこれを受け継ぎまして、少しでも時代にマッチした良い社会づくりのために努力する青任があると考えております。
宮武
津村町長から出ましたけども、子どもを生み、育てながら働くことができるということは、行政の役割もありましょうし、現実に職場でどういう風にそういう状況を整えていくかということも大事になって参ります。
次はセシールの労務課長をなさってます田頭さんです。セシールはもう年間の総労働時間が1,600時間だとおっしゃってました。日本の企業はだいたい2,000時間を切るか切らないところで悪戦苦闘をしている訳で、1,600時間というのはドイツの製造業の平均にもう匹敵するという、たいへんな「時短」模範企業だと思います。そのへんのところも含めて田頭さんのお話を聞きたいと思います。
田頭((株)セシール 管理本部労務課長)
当社はカタログ通販を通じて、総合生活提案型企業を目指しておりまして、お客様に満足いただける物づくりとサービスを提供する、そういうことに全力を尽くしておりますけれども、昨今の私ども通信販売業界を取り巻く環境は、非常に厳しいものがあります。現在売り上げは、平成9年の3月期で2,085億、それから従業員は、社員が2,122名で契約社員、準社員、いわゆるパートタイマーの方が1,472名、全体で3,594名在籍しておりまして、そのうち女性が約60%を占めております。私どもの企業の特徴として、特に労務関係では事業所が香川県内に集中しているということと、後は女性の比率が高いということが大きな特徴であると思います。
今回のテーマである少子化という問題は、いわゆる企業サイドから見ますと、若年労働者の不足問題とか、後は企業内の高齢化、人件費の負担増、それから年功序列のシステムについての修正、後は社会保険料の負担増、そういった問題が提起されると思うのですが、本日のメインテーマであります少子化、特に子育て支援に関しますと、まず私どもの会社では、育児休暇、育児休業制度が挙げられると思います。当社の育児休暇制度は、平成3年の4月に導入されまして、8月現在で延べ336名の方が取得しています。それから1日の就労時間を30分ないし1時間短くする時間短縮の制度を利用されている方が延べ81名の実績があります。
当社では、育児休暇をお子さんが2歳になるまでの内の1年間を限度として取れるということにしておりますので、ごく一部のケースを除きまして、産後休暇を取ってそのまま育児休暇を1年間取得するということが従業員の中では定着しておりまして、何のためらいもなく育児休暇を取ります。実際に育児休暇を取った方のうち、約90%の方が実際に元の職場に復帰しておりまして、育児休業制度自体は、企業にとっては雇用の継続、育児ということでその人材を失わないという意味を持っていますので、そういう観点からは、雇用の確保という制度の狙い自体が企業の中では、かなり職場単位で浸透しているということが言えると思います。
それから仕事と家庭の両立という面からいきますと、要は会社にいる時間が短ければ一番いい訳です。私どもも平成元年度には、年間の所定労働時間が2,025時間、それから休日が86日でありました。実際には総実労働時間、残業等を足した時間は2,208時間というような普通の会社だった訳です。それが平成2年の1月からさまざまな施策を繰り返しまして、平成5年には、現在の水準であります1,639時間、それから年間休日が133日というレベルに到達することができました。これが時間短縮の概要ではありますが、残業というものがほとんどない会社で、例えば時間外勤務とか休日勤務をする場合でも、全て事前申請で社長決裁事項というような厳しい管理をしており、実際にサービス残業もありません。トップの考え方で「従業員には借りを作るな」というような強い指示がありますので、残業に関してもそのままの数字が実際と思っていただければ結構だと思います。平成8年の実績を見ましても、年間の労働時間、時間外勤務の累計は1人当たりが年間で26時間というような水準であります。残業を足して、後は、年次有給休暇を差し引いた総実労働時間は1,604時間というのが平成8年度の実績であります。基本的に、8時55分に会社が始まって午後5時を過ぎるとみんな帰って行く、5時半にはもう誰もいません。そういうような会社であります。
それから、ここで介護休職についても一緒に述べておきたいのですが、平成2年度に介護を理由とした退職者が66名に達したというような事態を重くみて、平成4年の1月に介護休職制度を導入しております。実際に、現在までに69名の取得事例がございます。内、2名が男性でその内1名は管理職が介護休職を取得しております。介護休職は平均しますと取得が87日、それから取得事例の内、約70%が父母を対象にしたものであります。この介護休職制度についても、とりわけ他社と比べて優れているという点が多々あるとは思わないですけど、育児休暇と同様に従業員の中では定着しており、実際に取れるということが、ある面では非常に有効な制度ではないのかなという風に思っております。今現在、育児ないしは介護で会社のほうで把捉している人数としては、育児休暇で休んでいる方が58名、それから育児で時間短縮をしている方が16名、それから介護で休んでいる方が6名、産前産後休暇中の方が17名ということで、こういう育児ないし介護で会社が支援しているというような方が合計で97名に至っております。
企業としましては、育児にしろ、介護にしろ、時間短縮にしろ、子育て支援とか仕事と家庭の両立というものを目指して実施してきた訳ではないと思うのですが、いわゆる優秀な人材を確保したい、定着させたい、基本的には良い会社にしたいんだと、お客様にとっても株主にとっても取引先にとっても従業員にとっても良い会社にしたいという企業トップの姿勢があってできたのではないのかと思っております。
宮武
それでは、今度は連合の女性委員会の委員長であります鍛冶田さんから、働く女性の立場であり、また、母親である立場からご発言をいただきたいと思います。
鍛冶田(連合香川女性委員会委員長)
本日は、連合香川女性委員会の委員長、また、働く女性、母親として感じ、経験したことをお話して、皆様とともに少子化について考えてみたいと思いますので、よろしくお願い致します。
私は、仕事と子育ての両立について申し述べたいと思います。私たち夫婦は、若くして結婚したため共働きを選びました。私たちが結婚した頃は、結婚をすると会社を辞めて家庭に入るケースが多く、女性が働き続けて安心して子どもを生み育てる環境が整っていませんでしたから、子どもができたとき、仕事も続けたいし、子どもも育てたい、辞めるべきか続けるべきか大変悩みました。
どのようなことで困ったかと言いますと、例えば保育所です。私の場合は両親が共働きをしておりましたので、預けるところがなく、保育所に子どもを委ねることになりました。でも保育施設の不足とか、特に産後明けの0歳児を預かってくれる保育所が少なく、あの当時、保育所入所は、大学に入るより難しいという時代でした。やっと入所できても、離れた保育所への送り迎えとか、保育料等は、2人預けると毎月の給料はほとんど子どもの方にかかっていました。0歳児と言えば、何が起こるか分からない、死と隣合わせという感じの危険な年齢でしたから「仕方ないなあ」と思いながらも、大金に感じました。延長保育の時間規制も厳しく、すぐに迎えに行かなくてはいけなくて、残業の時などは一度連れて帰って、また会社に出勤するというような状態もありました。私は、子どもが2人いるのですが、長女はあまり病気をせず手はかからなかったんですが、長男はしょっちゅう原因不明の熱を出し、その都度、保育所からの電話呼び出しに、「なんでこんなんだろう、男の子って育てにくいなあ」と感じたこともありました。
後からかかる教育費等、経済的面もありますけども、育児の心理的・肉体的負担を感じて、3人目を断念せざるを得ませんでした。私としましては、「男の子1人、女の子1人でいいなあ」と思っていたのですが、1人っ子状態になると聞き、やはり男の子2人、女の子2人を目標にしていたため、ストップがかかり半分となったのが大変残念に思いましたが、一生懸命働きながら育てて参りました。休暇も自分のためではなくて、ほとんど子どものために残しておくのが常でした。
しかし、悪いことばかりではなくて、乳幼児の一番大事な時に一日の半分以上を保育所に育てていただいて、良い先生や、0歳時から6歳児のたくさんの友達、兄弟がいっぱい増えたという状態の中で育って、子どもも親も大変貴重な得難い経験ができたということでは、今も感謝の気持ちでいっぱいです。
子どもの笑顔と寝顔を支えに、時間に追われ、目まぐるしく過ごした20数年間でした。私は、まだまだ恵まれていたと思います。今まで仕事を続けてこられたのは、私には、子どもが病気だったり育児疲れとか困ったときに相談できる人とか、保育所の先生、学校の先生、両親、お隣近所の方、友人等がいたということと、職場の皆さんのご理解もありました。一番、家事・育児を分担してくれた主人の理解・協力があったからこそと、今も感謝しております。
私の経験では、子育てと仕事を両立させるいい方法の一つとして、仕事もまだ駆け出し、若く健康である時に早く子どもを生んで、早く育児を終えたということがよかったと思います。仕事と子育ての両立は、絶対、自分一人ではできません。両立できるような状態を自らが作っていくことが大切だと思います。それではどうすればよいかなどは、また後程考えてみたいと思います。
宮武
保育の問題は大変女性達には深刻な問題でありますし、今、鍛冶田さんがおっしゃったようにいろんな問題があるかと思います。そういう意味では大変良い方を迎えておりまして、香川県の民間保育所振興会の会長であります、荻田さんからお話をお聞きしたいと思います。
荻田((財)香川県民間保育所振興会会長)
パネリストの方、たくさんいらっしゃいますけど、保育・育児の真っ只中にいるのは私だけでございます。私は、保育所で働いております。私の子どもは、もう30年も前に育てました。その頃は子どもたちはザリガニを取ったり、空き地で遊んだり、今30過ぎになっておりますけれども、そういったことが当たり前の時代だったのです。
でも今、道を歩いている子どもなんて、本当に見ることはないです。子どもが見たいと思えば保育園です。保育園というのは春休みもなく、夏休みもなく、まあお正月はちょっとありますけれども、ほとんど365日。365日は大げさですけれども、ほとんど一年間の毎日というような感じで子ども達がいる訳です。そこには本当の子どもの姿、泣いたり笑ったりけんかしたりおしっこしたり、いろんな子どもの姿が見られる。今、子どもの少ない時代に、そんな幸せな場所に私はいる訳です。
保育所は大きく分けまして、公立の保育所と民間保育所があります。香川県は、公立が150ほどと民間が70ほどです。民間保育所は、ほとんどは厚生省に認可された福祉法人でございます。それからあと無認可といわれる、少々の規制はあるかもしれませんけど、まあ規制の緩やかな、個人でやっているベビーホテルとか、そういったものも含めましてかなりの数になると思います。それで保育所は、おおむね朝の7時から夕方の6時までの時間、「子どもをお預かりしてあげてください」ということになっております。そして、これまでは入所する子どもは「措置する」という難しい言葉を使うのですが、役所が措置するのは、母親が就労をしていたり、とにかく家庭での保育に欠けるという子どもを保育所でみることだったのです。
ところが最近は変わりました。保育所は、「保育所に入っている子どもだけをみてたらいいんじゃないんだよ」ということになりまして、子育て支援という大きな仕事が保育所に回ってきたのです。今、社会は少子化ではなくて、完全な、もう少子なんです。「化」というのはなんとなく迎えつつあるというところですけれど、今はもう本当に少子高齢社会だと思います。
「ひのえうま」というのがありましたけれども、あの時は1.58で、後に少しずつ増えていってみなさん安心していたのだと思いますけども、平成元年に「チャイルドショック」といわれた「1.57ショック」がありまして、その頃からどんどん子どもは減りはじめました。子どもが少なくなってしまうと労働問題とかいろいろな問題がありますし、それで「保育所に子育て支援という機能を備えて欲しい」ということになった訳です。
しかし保育所というのは、そういう「子育て支援機能とか地域のネットワーク機能を持ってください」と言われるまでもなく、「保育所に勤めるということは奉仕の精神をもってする」ということが世間一般で考えられ、それから保育者自身もそういう感覚で働いておりましたので、「子育て支援なんて何を今さら言ってるの」というような感じがない訳でもありません。エンゼルプランプレリュードから始まって「エンゼルプラン、緊急5ケ年事業」と、保育所はその子育て支援ということの看板をあげた訳です。看板を出した以上は本当にたくさんの保育所がそれに取り組みました。
働くお母さんは、やはり保育所に子どもを預ける方が多いですが、「子どもを保育所に小さい頃から預けるのは嫌だな」ってお考えになっている方もまだいます。しかし、学説によりますと「そんなことは決してないよ、3歳児までだって、いろんな所に預けられたり、お母さんが家にいても放っておかれるよりは、例え母親でなくても自分が頼れる、安心していられる場所にいるっていうことは良いんだよ」というような定説があります。「3歳児ミステリー」と言いますけど、やはり小さい頃から預けるのを嫌という考え方があったりして、もう本当に仕事があるのに仕事をやめたりしているのです。女性の就労がM字カーブといって、Mの谷間の所にきて子育てをしている人がちょっとの間お休みするということがあるけれども、そういうことがないように保育所はこれから頑張っていかないといけないと思います。
身近な手本がそばにあるということは、お母さんにとっては非常に安心なのです。今は核家族になってお手本はない。昔の家は縁側っていうのがあって、「こんにちは」って行けば、おじさんおばさんがいて何でも教えてくれた。そういった所もない。それからお母さんもみんな働きに出て、まわりに本当に話し相手がない。それから単身赴任とかいろんなことで話し相手がない。そこで母親の不安、いらいらがマスコミなどにも惑わされるような形で、情報がありすぎてかえって不安になって虐待とかに繋がっていくのです。
子どもの健全な育ちというのには、子どもの遊び相手がいること。しかし今はもう近所にはいません。お母さんのお話し相手がいないように、子どもにも遊び相手がいないのです。今はとにかく地域の子育て支援というのが必要になってきて、これまでは保育所は、仕事をもっている親を優先したのですけれども、「仕事をしてない専業主婦の親達にも目を向けてあげよう、子育て支援は親支援だ」というような考え方を持ってきました。それで私はこのシンポジウムに当たりまして、民間保育所70園ほどに「子育て支援に対して、皆さんが保育所としてどういう意識を持っているか」ということでアンケートをお願いしました。私は、たぶん「どうして保育所が自分達の保育園の子どもだけでなくて、よその子どもまで見ないといけないの」、「ましてやその親達までどうして見ないといけないの」、それから「放課後児童クラブ、そりゃあ小学校が見ればいいじゃない。小学校の子どもなんだから」というような回答がかなりの数あると思ってアンケートをお願いしました。ところが返ってきた回答にはそういうものは全くありませんでした。「私たちがやはり熱意を持って子育て支援をしよう、というよりも、それは当たり前の話であって私たちはもうずっと以前からそういうことはしてたんだよ」というような答えでした。
宮武
香川県の場合は、働く女性達が「子どもを預けて働きたい」と言った時に、保育所はほとんど預かって下さるのでしょうか。保育所側に預かるだけの能力があるのでしょうか。
荻田
公立・民間合わせて220園の平成9年4月の入所状態では、80%あまりの充足ですから必ずしも満杯という訳ではないんです。でも保育所によっては、90人の定員にまだ10人ぐらい待ってる人がいるというところもありますし、100人の定員で80人ぐらいしかいないというところもあります。児童福祉法が改正されまして、保護者の方が保育所を選べるということになりましたけれども、やはりニーズに応えない保育所というのは一杯にならない。その保育所のせいばかりではなく、地域的にも人口が少ないっていうところもあるとは思いますが、待っている、待ちがある保育所も確かにあります。
宮武
0歳児保育と延長保育というのが、大変、都会では希望されているサービスなのですが、香川県の場合、高松市を中心にだいたい揃ってるのですか。0歳児をちゃんと預かって下さいますか。あるいは8時、9時まで延長保育して下さいますか。
荻田
今、ほとんどの保育所は乳児保育、0歳児保育というのをやっております。それから延長保育もかなりやっております。
宮武
大淵先生はこの少子化の問題についてどういう方策があるのかお教えいただけますか。
大淵
日本の地方自治体とか、企業でどういうことをやっているかというようなお話は他のパネリストの方々からいろいろ出ておりますので、私はここで国際的な観点でお話をしてみたいと思います。つまり他の国でどういうことをやってきたのかということです。
出生率が非常に低い国というのは日本以外ですと、ヨーロッパ諸国です。合計特殊出生率、これは日本では、平成7年は1.42、昨年が1.425というところですが、それよりも低いところがイタリア、スペインという南ヨーロッパの国なんですね。それから日本とほぼ同じというところがドイツ、少し高いのがイギリス、それから、だいぶん大きく変動しましたが、今のところ日本より少し高いのがスウェーデンといったようなところですが、こういう国々がその出生率の減少についてどう考えているかといいますと、まず「低すぎる」と、そこで、方策を講じる必要があると考えている国はフランス、ルクセンブルク、ギリシャ、スイス、イタリーというような国々です。それから「低すぎるけれどもまだ政府が介入する必要はない」と考えているのがドイツ、スウェーデン、それから日本です。それから「現在の出生率の水準に満足している」と答えている国がアメリカ、イギリスといったところです。
こういう国々で「満足している」ところはともかく、「低すぎる」と考えている国ではどういうことをやっているのかと申しますと、これは、一言で言えば家族政策という形でこれらのヨーロッパ諸国がこの少子化対策を行っております。日本のエンゼルプランというのも家族政策といっていいものですけれども、その内容は3つあります。1つは日本でもあります育児休業制度。それから2番目は児童手当、そして3番目は保育サービスです。この3つがこの子育て支援のあるいは家族政策の3本柱と呼ばれるものです。
この中で非常に強力な政策を実践して効果を上げた国としてスウェーデンがあげられますが、スウェーデンの出生率というのは1970年代に大幅に下がって、やはり合計特殊出生率で1.6ぐらいまでのところ、日本よりはちょっと高いところまで下がって、その後1990年頃に2.1というところまで回復しました。なぜ0.5も急上昇したのだろうかということで随分問題になったのですが、一言で言えばやはり非常に手厚い家族政策が功を奏したのだろうという風に言われております。このスウェーデンの家族政策というのは先程の3本柱のうち、まず「親保険」があるのですが、これが日本でいう育児休業制度に相当致します。これは1974年に導入されまして、男女いずれにも、出産育児によって仕事を休む、あるいは辞めることによって失われる所得を保障しようとするものです。これは1994年現在でどんな状況にあるかというと、支給期間は15ケ月です。そしてこの15ケ月を出産直後に取ってもいいし、少し経ってから取ってもいい、それは受給者の夫もしくは妻のいずれかが決定すればいいことになっております。また支給額は最初の12ケ月、つまり1年間は働いていたとき得ていた所得の90%、実に90%が保障されます。日本では、現在、育児休業期間は25%ですから、いかに手厚いものであるかがお分かりいただけると思います。それから残る3ケ月間、これは最低保障額というのがあらかじめ決められておりまして、それが支給されることになっております。
2番目の児童手当で申しますと、第1子と第2子については年額で9,000クローネ、これは共働きをしている夫婦の場合で平均的な保育料のほぼ半額に相当します。教育費などは原則無料ですので、これは非常に大きな支援額になっているのが実状であります。それから第3子については50%増しの1万3,500クローネ、第4子については100%増しのつまり倍額の1万8,000クローネ、という風に子どもが増えるほどこの児童手当の支給額も大きくなるという仕組みになっております。これも日本の児童手当に比べますと、はるかに大きいということになります。
それから3番目の保育サービスでありますけれども、通常の就学前の学校というような形で保育所とか幼稚園とか開放型の就学前学校とかいうようないろいろなタイプがありますが、保育所でいいますと保育時間は朝の6時半から18時、午後の6時ということで、日本が原則7時から6時ですから日本より30分ほど長いだけですけれども、日本の場合、現実には非常に労働時間が長い、しかも大都市になりますと通勤時間が1時間半とか2時間とかいうような所から通っている人がたくさんいると、帰りが夜の10時、11時になってしまうと、そんな状況ではとても預ける訳にいかない、ましてや男が保育をするっていうことは事実上できない、というのが大都市の現状でありますが、スウェーデンの場合には労働時間が短いために6時まで預かっていればほとんどそれでカバーできるというようなことがあります。そのほか学童保育所ですとか、あるいは家庭保育所、いわゆる保育ママと言われるようなものも多数完備しているということで、とにかく非常に手厚い家族政策が展開されている訳でありますが、手厚いということは、つまりは非常に金がかかるということです。従いまして、これは国家財政を相当に圧迫致します。
1990年代に入ってから、スウェーデンの場合は景気が非常に悪くなって、財政も悪化した結果、特に女性をたくさん雇用していた公務員などに雇用不安が及んで、それでこの家族政策もぐっと水準が下がってしまった訳です。そのために、それまで先進国としては非常に高かった出生率が90年代に入ってぐんと下がって、昨年の合計出生率が1.6いくつというところまで下がった、つまり1980年代始めぐらいの水準にまた逆戻りしてしまった、つまりいったん下がって上がって下がったと、これはスウェーデンの専門家は「ローラーコースター・ファーティリティー」、「ファーティリティー」というのは出生率という意味ですが、「ローラーコースターみたいに出生率が激しく変動する」という風に表現しています。こういう国もあればイギリスのようにさしたることをしていないのに、合計出生率1.7ぐらいでずっと安定しているという国もあるということで、政策をすればいいかどうかというのは、その国の状況によって違います。スウェーデンのように非常に敏感に反応するところもあれば、何をやっても大して反応しないという国もありまして、対策をどのようにとればいいかということは、大変難しい問題だというのが、国際的に見た場合の知見ということだろうかと思います。
宮武
我が方はどんどん、下がるばかりでどうすればいいのだろうと思いますけれども、欧米の多くの国では、外国人を定住者として迎え入れている。外国から来た人たちがその国で根を張って生活していこうと思うとやはり子どもをたくさんつくる傾向があります。そういうことが出生率を少し左右している。外国人がその国に定住していると、子だくさんで一定程度その国の出生率を上げているのでしょう。
-
大淵
これも、国によってみんな対応の仕方が違っていまして、国内には(外国人の)家族は入れないというような国もありますから、全部が全部という訳ではないですけれども、例えばドイツの場合ですと、外国から非常にたくさんの人が入って、それがもう何十年も住んでいますから3世、4世ぐらいまで既に子どもが生まれて、それが社会の底辺を形成しているというようなことで、大きな社会問題になったりしていますので、外国人を入れるということは、ただ労働力を招き入れるということに止まらない、非常に大きな社会問題を生み出すということも認識しておく必要があろうかと思います。
-
宮武
津村町長はわりと古い世代としてご覧になっていて、今の若い男女達が子どもをあまりつくらないという傾向をやはり理解できますでしょうか。なぜ生んでくれないのかなと思っておられるのですか。
-
津村
そのとおりです。何でもっと子どもを生まないのかなと思います。若い人が今、「生みたくない」って言う人が多く、「どうして生みたくないか」いうことになりますと、いろいろな多様性があると思います。経済的な問題もあるでしょうし、自分達だけが幸福になりたいという気持ちもやはり非常に強いのじゃないか。しかし、かって我々の両親は8人も子どもを生みましたが、家庭は実際楽しかったと思います。あまり新聞とかテレビというのは、「子どもを生むと辛い目をする」というようなことをやり過ぎるんじゃないかなと。「子育ては楽しいですよ」というようなことをやらなければ一緒だと思います。
私どもが行政の中でやっていることも、もっと子どもを生んでもらいたいというよりは、今たちまち、町に住んでいる人が幸福感を味わえるようなこと、そして、しかも将来良くなっていくということを考えているので、子育ての支援事業だけではないと思います。
-
大淵
今、町長さんから「子どもを生みたがらないようになっている」というお話がありましたが、今の出生率低下というのはどうして起こったかというと、晩婚化が原因なのです。つまり、結婚しなくなったから出生率が下がっている訳です。子どもを生みたくない以前に結婚をしたくないという女性が特に増えているというのが今の少子化の根本にあるので、子どもをいかに生ませるか、生ませるかっていうのもおかしな話ですが、その前にまず結婚してもらわなければいけません。
日本では婚外子という、つまりシングルマザーになる比率というのは、今、1%ぐらいしかありませんが、結婚しないと子どもをつくらない。まず「結婚をしてもらうにはどうしたらいいか」っていうことを、地方自治体でも企業でも考えてもらう必要があるという風に思います。
宮武
田頭さんの所は実にゆとりのある職場で、5時になればもうみんな帰る訳ですから、そういう意味ではお互いに暇がいっぱいあって結婚をされる方、子どもをたくさんつくられる方が多いのかなっていう気がしますがいかがですか。
-
田頭
たぶんそれは傾向としてはでていないと思うのですが、独身の女性も多く、私の課にも独身女性がいまして、普段はあまり聞けないのですが、このシンポジウムにかこつけまして「なぜ結婚しないのか」と聞いてみると、「いい相手がいないから」と、たぶんこれは本当の理由ではないと思います。次に本人が挙げたのは、「自由な時間がなくなる」、「経済的な問題」で、たぶんこのほうがメインかなという風にも思います。
確かに5時に終わって、私は、実際、皆さん若い女性がどこで何をしているかは全く知りませんが、非常に楽しい生活を謳歌しているのだろうなと思うのです。今、町長さんがおっしゃったように、「子育ては楽しいですよ」と、「面白いんだよ」というあたりの知的な、悪く言えば遊びのような部分をもっとアピールすれば、欲しい人はもっと子どもをつくるのじゃないかなという気はします。
子どもが嫌いな人はもう絶対生みませんし、女性の中でも随分、自分の時間を持ちたいという女性はたくさんいますし、三十過ぎても結婚しない女性も男性もたくさんいますので、そのあたりは強制もできないと思います。
-
宮武
鍛冶田さんはいかがですか。やはり今の若い女性達は、結婚して子どもを生むことによって苦労が増える、生活レベルも下げなきゃならない、なんか生きがいも無くしてしまう、そういう結婚や出産に対する幻滅感を持っているのでしょうか。
鍛冶田
と言いますより、子どもを生み育てたいという気持ちですね、そこへ持っていくまでの成長過程ですか、そういうのが少し欠けているような気もしないでもないですが。
私も子どもがとっても好きだという感じでもなかったのですが、自分が初めて子どもを持ってみてかわいい、よその子どもも同じようにかわいい、そういうことからと子育てで苦労したとかいう経験を踏まえて、自分自身としても成長していく訳です。思いやりとか相手をいたわるとか、そういうのが欠乏していったということもあるのじゃないかなと思います。
子どもを持って初めて母親の喜び、女性の喜びも知るような感じで、私は持って良かったと思います。だから若い人に子どもを育てるということが如何に素晴らしいことかを知ってもらいたいなあと思います。
-
荻田
今、現在仕事をして子どもを育てている人に、「子育て楽しいよ」と言ってもそれはなかなか通用しないことなのです。振り返ってみれば、「ああよかったな」と思うことは必ずあると思います。ですから、今「楽しいよ楽しいよ、だから生んで生んで」と言うのは非常に難しいことなので、やはり私たちが町でもいいし、保育所でもいい、「生まれた子どもはお手伝いをしてあげよう、だから、子育ては大丈夫なのよ、そして楽しいのよ」というようなことをお母さん達にPRしないといけない。
今、乳児保育所、乳児保育というのはもう当たり前の時代です。それから保育所が6時で終わるところを7時や8時までという所が多くなりまして、延長保育も当たり前の時代。それで今やはりお母さんたちに必要なのは、一時的保育というのがありまして、保育所も行っています。お母さんにリフレッシュをしてもらおう、映画を観に行くのもいいのです。親の介護に行くのでもいい。それからどこかへショッピングに行くのだっていい。とにかくお母さんが子どもから解放される時間っていうのを少しでも持たせてあげよう。これは本当に大変な仕事です。入れ代わり立ち代わり毎日、新しい子どもが来るっていうことは。子どもにとったら泣きわめくというその時間は非常に辛い時間かもしれませんが、まあそれは1日とか1か月に1回あるかないかですから、お母さんが身も心も解放して青春謳歌できるっていう、その時間を持たせてあげることが、非常に私は子育ての支援の魅力のひとつで良いことだと思っております。
それからやはり学童保育ですが、放課後児童クラブ。これは非常に難しい問題がありまして、行政が「土曜日はお休み、5時以降はみないよ」なんて言う放課後児童クラブというのは、あっても無きが如し。「その後は保育所に頼みます」なんて言ったら、手荷物を預けるように、「放課後児童クラブが町にあるからじゃあ行ってなさい。でもそこは5時で終わりよ。土曜日はないからその後は保育所ね。」なんてね。そんな簡単に子どもを扱えるようなものでは、私はないと思いますから、このあたりは行政はしっかりと考えていただきたいと思います。
それから地域子育て支援センター、保育園の開放。そこにはやはりお母さん、子どもたちがたくさん来ます。お母さんは、やはり自分の悩みとか打ち明けられる相手もなく、悶々としています。しかし保育所が「皆さんいらっしゃい、保育所に遊びにいらっしゃい」って言ったら子どもを連れてお母さんはやって来ます。そしてすぐにお母さん同士のグループができてきます。帰りにもうどこかへ一緒に行ったりするような。ということは、やはりお母さんのストレス解消になるということで、非常にこれもいい子育て支援であると思います。
-
宮武
なるほどですね。それから元に返りますと大淵先生がおっしゃったように、今の子どもが少なくなっている日本の少子化の現象というのは、子どもそのものが少ないっていうことはもちろんあるんでしょうけれども、1人か2人しかお生みにならないこともあるし、もっと大きな原因は、最近は結婚しない男女が増えてきているってことですね。おそらく日本全国で男女合わせて5%〜7%ぐらいの生涯未婚率ですが、東京都内だけとると突然跳ね上がりますね。10人に1人ぐらいは男女とも生涯結婚しない。ということは、あんまり娘や息子を東京に出してはいけない、東京へ出すと孫の顔が見られなくなるということだと思われます。
高松では、まだ結婚しないでいる適齢期の男女に対して、おばさんもおじさんも親戚の人も皆んな「何とかしなさいよ」と言ってくれるでしょうが、東京に出て行くともう誰も言ってくれない。ひとりで暮らしても楽しい。コンビニへ行けばちゃんと出来合いのものも売っているし、コインランドリーに行けば洗濯もしてくれる訳ですから、どんどん結婚しなくなるのでしょう。その辺は香川県の場合は、例えばセシールの場合、結婚される方はやはり社内結婚が多いのでしょうか。
-
田頭
基本的には、例えば「結婚している」、「結婚していない」ということ自体に、あまり会社として関心がないので、そういう調査もしたことがないですけれども、かなり多いのは事実です。先程申しましたように就労時間が短いので、例えば、保育所に迎えに行くのもお父さんとお母さんが交代で行くとか、お子さんが具合が悪くなると交代で休むとかいうようなことも実際にあります。
男女で区分するということ自体が会社内部であまり意識がないのです。ですから、私ども社内ではいろんな人事資料がありますけども、男女区分が存在するのが基本的には在籍人員ぐらいでして、後はいろいろな表の中にも男女区分がないので、あんまりそういう意味で分析すらされてないというようなところです。
-
宮武
本当の男女共同社会になると、そんなことをだいたい調べること自体がおかしいということになるのですね。
鍛冶田さん、今の若い男女が割合自由に何の制約もなく、実は交際できるはずなのでしょうが、意外に孤独でなかなか伴侶を得る機会がないとか、知り合う機会がないとかということが割とあるのじゃないですか。
-
鍛冶田
そうですね。でも、その少ない機会の中で、若い人は若い人で盛り上がっている感じはありますが、いざ結婚となると、案外割り切って考えているみたいです。「子どもは欲しいけれど結婚したくない」とか。それと、離婚率が高くなった。昔は離婚したら負い目があるということもありましたが、最近はすぐ引っ付いたりすぐ離れたりとか、私たちの時とはちょっと考え方が変わってきているというか、割り切っているというか、やはり「私たちが育てた時代の子どもたちがそういう風になっているのは、私たちの育て方に問題があったのかなあ」という反省もしています。
-
宮武
要するに、遊ぶ相手と結婚する相手を今は、はっきり分けているんじゃないですか。
大淵先生、学生をずっと見ていらっしゃってどうですか。
大淵
そうですね。職業柄、若い男女といつも話をする訳ですけれども、時々、結婚についてどう考えるか聞くことがあります。女性は結婚について友達とどういう話をするのかと聞くと、結局、「どういうタイプの男性と結婚したいか」とか、「どんな家に住みたいか」とか昔からあるような結婚に対する夢みたいなものを語り合っているようです。それから全然結婚したくない訳ではなくて、ただあまり現実的でない話をどうもしているようです。
それに対して、男の学生がそういう話をしたことがあるかというと、まず無いですね。全くそういう話はしない。卒業して就職して何年かすると考えだすのでしょうが、男は非常に夢がないというか、考えることが現実的で「このくらい給料があったら家が買えるかどうか」とか、「どのくらいの小遣いが自分に残るだろうか」とか、非常に現実的で夢のないことばかり考える。
だから、大分、結婚に対する考え方っていうのも男女で違う、ずれがあるということをよく感じます。ですから女性に夢を与えるっていうか、夢をかなえてやれるような男性が今、いないのじゃないかってことを常々感じております。男はもっとしっかりしなくちゃいけないという風に思います。
宮武
冒頭に津村町長がおっしゃった「地域で子どもを育てる」ということが大変素晴らしい言葉だと思っております。「子どもを育てられる安心とゆとりを持っている地域社会」と、こうおっしゃいました。実は、英語で言うとコミュニティというのでしょうか。
地域社会のないところの方が多くなってきた、特に大都会はなくなっています。隣に誰が住んでいるか分からない。お隣同士で素敵な人が住んでいてもそれを仲介する人もいない。子どもを生んでもたったひとりで悩んで、故郷にいるお母さんとの連絡が取れなければ、自分ひとりで子育ての悩みを被ってしまわなきゃいけない。支え、助けてあげる地域社会が町長の所にはある訳でしょう。
-
津村
あるかどうかは、はっきり申し上げられませんが、古くからの町の伝統的なものはあります。だから、それをやはり大切にしようではないかという考え方です。「前からあったことはもう大したことはないんだ」とすぐ考えがちですけれども、そうではなくて地域の重みというのはこれから先も必ずあると思います。それを最も大切にする行政とはどういうものか、それはやはり自分の町を愛するというところでしょうが、その前提として、その地域を愛するということが大変大切なことだと思います。私は、時々町の中を回って、何十人かの人に集まってもらって話をすることがありますが、最後には「みんなで郷土を良くしましょう」と、こう言うのですが、中には、「いや、私の郷土は国分寺町ではないんだ」と言う人も。「私の子どもはここで生まれたんだけれども私は仁尾の方に故郷があってそれが故郷です」と言う人もいる訳です。ですから、なかなか難しいですけれども、自分が住む地域社会を良くしていこうという努力は、これは今後も忘れずに、行政という立場の者は、しっかりした決意で進んで行かなければならないと思います。
先程、大言壮語のようなことを申し上げましたけども、祖先から我々は郷土を受け継いだ訳ですから、これを少しでも良くして次の世代に譲るという責任はあるのではないかと、それはもちろん子どもを生み育てることも含めた責任が私はあると。そんなことを言ってみても、生みたくない人に釈迦に説法ということになりますが、しかしやはり、それは言い続けていくことによって、どこかでやはり感じてもらえるというように思います。東京で住むのも結構ですが、必ず自分の生まれた所へ帰って来ようとする気持ちは人間みんな持っています。その時に、「出て行ってたけども、良くなった」と自分の故郷が感じられるようなものを我々は創っていく責任がある、これがわたしの信念でもあり、言い続けているものです。
-
宮武
荻田さん、今の町長の発言に関連して言いますと、保育園とかあるいは幼稚園とか小学校とかいうのは、その地域の、言ってみれば中心です。小学校区が一つの近隣というか、地域社会の一番小さな単位ではないかと思うのです。小学校区を軸にして地域社会を活性化していくことは可能なのでしょうか。
-
荻田
もちろん保育園というのが地域の保育センターであるといつも思っておりますが、やはり保育所というのは毎日子どもをみないといけませんので、そのPR不足もあったり、そのようなことに対して、これからは私たちは何か取る手段というのを考えないといけないと思います。
例えば、「保育園はこんなことをしているのよ」、「こんなサービスがあるからいらっしゃい」って言ったら来る親はいいのです。そういう人達は、自分達で友達を見つけ、いろいろとやっていける人です。実際に、悶々として子どもを虐待したり、本当にどこかへ捨てたりする人っていうのは、保育所や、そういうところを求めて来ない人なのです。
ファミリーサポートっていうことも大切ですが、コミュニティのケアサポートというのがもっと大切になるためには、やはり保育園とか幼稚園など、支援活動の軸となる人たちや地域の民生委員とか、福祉事務所、住民課の窓口が、もう少しネットワークを組まないといけないことを私たちは思っているし、行政側も考えて欲しい。「こういう活動をやっている所には、こういう人たちを見てあげて欲しい」というような、たくさんの目でコミュニティを守っていかなければならない。いくら(「子育て支援をやってますよ」と)言っても、本当にそれが必要である人たちが、その楽しさというか、そういった恩恵を受けられないで過ごしてしまうようなことになってると思います。
この前、聞いたのですけれど、子育て支援センターに障害をもつ子どもが来ている。その子どもたちももうすぐ小学校へ行く、それから養護学校に行くのですが、子育て支援センターの先生に、「先生、うちの子は大きくなって養護学校の中学高等部へ行きます。それでも、またここへ帰ってこられるんですね」と、そんな風に言ったと言っていました。やはり本当に障害のある子どもは、受け入れてくれる場所が少ない。しかし、そういう支援センターであるということを皆さんが考えて下さったら本当に良いことで、その子のお母さんたちが「先生、本当に私たちはうれしい、この支援センターが出来て。大きくなっても子どもが帰ってくる場所があるのね。」と言ったと言うのです。やはりそういう風なサポートも必要ではないかと思います。
-
宮武
厚生省は、子どもが少なくなってくると保育園にも空きができてくるから、その空きの所に例えば特別養護老人ホームの小型版をつくるとか、デイサービスセンターをつくるとか、そういうことを数年前から進めています。
小学校も東京では、どんどん空いてます。空き教室を集めて高齢者向けの施設にすればよい、その学校とか保育園を拠点にして、お年寄りと子どもたちの交流も生まれる、そういう効果があると思います。
-
大淵
先程スウェーデンのお話をしましたけれども、この子育て支援にしても何にしても非常に手厚くするということは、つまり効果を上げるためには金がかかるというのが実状だろうと思うのですが、津村町長さんにはそのあたりをどういう風にこれから考えておられるか、実効のあがる、しかもたいしてお金のかからない方法というものを考えることができるのかどうか、その辺のことをひとつ教えていただきたい。
それから企業を代表して、セシールにお尋ねしますが、これはセシールはいわば模範企業でちょっとそぐわないですけれども、日本はとにかく労働時間が非常に長くて、夫が子育てなり家事にほとんど参加していないというのが実情で、生活時間の調査をしてみますと、夫が家庭の家事をする時間というのが確か1日平均で14分というようなことで、ほとんど男が家事に参画していないという実情があります。これをもたらした最大の理由は、やはり労働時間の長さ、それから都市を中心に通勤時間の長さ、ということがあるかと思います。セシールの場合にはもう全くそういう問題をクリアしていると思われますが、そのようなことについてちょっとお考えを伺いたい。
それから女性のお二人には、今、男性の家事参加時間が非常に短いということを申しましたが、それは日本全体の平均ですから、都市だけの問題ではなくて、この香川県でも、あるいは高松でも労働時間が仮に短くても、あまり参加していないというのが実情ではないかと思います。やはり、こういう問題を根本的に解決するためには、男女共同参画社会といいますか、そういうものを実現する以外にないのだろうという風に思っておりますので、女性の立場からしても当然そうではないかなと思われますが、「男が全然家事をしない、子育てにほとんど参加していないという実情をどう打破したらいいか」、「母親が男をそういう風に育ててしまっているという面がありはしないか」ということをちょっと考えます。「男の子というのは勉強だけして、一流企業に入って出世して」というような、そういう育て方ばかりしてはいないだろうか、そういう点で多少反省する必要がありはしないかという風にちょっと考えていますが、そんな点についてのご意見を伺えればと思います。
-
津村
今の幼児教育をしていく上で大変金がかかる。しかしその金をどうするかということですけれども、私はやはり、まず「どの点に立脚するか」という自分自身の、町自身の立脚点をしっかりしなければいけないと思うのです。その意味から申し上げるなら、今たくさんの不都合な事象も起こっておりますが、私はやはり「幼児教育に対する大人の信念が足らなかったのではないか」、「しつけが足りないのではないか」、幼児の時代のしつけは、私は押し付けであると思うのです。家庭における幼児教育というもののしつけの問題について「押し付ける」というものがない以上、家庭でしつけが成功するはずはないというように思うのです。もちろん、ある程度の年齢に達して以後のことはまた考えなければいけませんが、「まず幼児教育というものを」と言うより、「幼児の時代における家庭のしつけや地域のしつけ、あるいは行政という所のしつけを自らのそれぞれの責任において、しっかりしなければならない」というのが私は立脚点だと思うのです。
そして「金がかかること」にはどう取り組んでいくかということですが、大事なものにはお金はかかります。「金を倹約することによって将来の人間をとてつもないものに育て上げる」、家庭や地域がこの頃、子育てのノウハウを持たなくなってきたという謗りがあるのは、そのことだと私は思うので、やはり「金はかかりますよ」と。しかし「金がかかるけれども、これは今やらなければならない」という、3歳児までの教育というか、しつけをしっかりしていく、そのために金がかかることはやむを得ない。もちろんお母さん方に対する子育ての援助も当然考えなければいけないということです。
先程、先生が申されましたように、その金額の度合いはやはり日本の経済力に応じたものをやらなければいけないと思うのです。どちらかというと、子どもの教育に対する金のかけ方は必ずしも今しっかりやっているとは、私には思えない。もっとやらなければならない。もちろん末端の自治体もやらなければいけませんが国も是非、このことは考えて進めてもらわないと百年の計を誤ると心配をしております。子どもを育てることほど立派な公共事業はないと思うのですけれども、なかなかそれだけのお金が出ないのも疑問な点です。
-
田頭
いわゆる夫の労働時間の長さについてどう考えるかというご質問をいただきまして、それについて日本の時間短縮の動きについていろいろと述べることはここでは避けたいと思うのですが、個人的な見解ですが、私どもの会社、非常に労働時間が短いということでいろいろとお褒め項いてるんですが、私どもの会社の人間は、その影響かどうか分かりませんが、結構、家庭での雑事というか、いろいろと家庭に帰って仕事を分担しています。
「夫が家事をする時間が1日平均14分」という話を聞きまして、男女は基本的には同権というか、同じ役割分担を果たすべきであろうと個人的には思っていまして、男性が仕事に逃げて家庭をないがしろにして、会社の仕事が終わっても例えば接待という名目で逃げているなという風に思います。私どもは5時になって仕事が終わったら、後は家に帰るしかないので、帰っていろいろと家庭サービスをするのですが、週に1日ぐらい、いろいろとお客さんとの接待があったら楽だなと思うことも、個人的にですが、あります。セシールに入ってからは、たぶん私の健康のことを考えているからとは思うのですが、家族の方が非常に喜んでおります。やはり家庭という中での男女の、夫にしろ、妻にしろその役割をどう考えるかということが、結構、問題としては大きいのではないかと思います。
-
鍛冶田
先程、町長の「幼児教育に対する大人のしつけが足らない、大切だ」ということは、大変身に感じております。今日は連合から出席しており、労働時間の短縮とか労働条件の改善、育児介護など社会環境整備に取り組んでおります。本年、男女雇用機会均等改善の論議を深めまして、均等法改正等にかかわる整備法案が成立したのですが、その反面、労働基準法の時間外とか休日勤務ですが、女子の保護規定が廃止されることによって、現在の家族的責任を顧みない会社中心の男性の働き方に女性を合わせたら、家族的責任を担っている女性は働き続けることができないとか、女性が働き続けることに大変不安を持ってらっしゃる方が多い。育児や介護など家族的責任を有するのは、男女です。女子だけでなくて男女労働者の新たな法規制が課題として残されております。連合は均等法の今回の改正を評価しつつ、これから中央労働基準審議会の中でこうした課題の改正に全力を尽したいと思います。また、今、女性が働きつづけることによるメリット、デメリットを考えるとき、家庭や子育てに関する意識の啓発が大切だと思います。
今の子どもの生活をみるとゆとりがなくなってきています。もう学歴重視の社会的風潮や受験競争過熱化で学校外で塾とか習い事に追われて、兄弟だけでなく周りの子どもたちと触れ合う場所もなく、遊ぶ時間もない。ファミコン相手に一人ゲームに集中し、その中で遊んで感情のない子どもに。それから社会性も培われないですよね。教育がどれほど効果を上げているかを考え直す時期に来ていると思います。偏差値教育の欠陥とかそういうのが目に付いてきたし、子どもを大事に育てているつもりが逆に台無しにしている面がないとは言えません。核家族化に伴って父親不在で母親が子どもに密着した結果、自立性が養われないとか、母親の責任もあると思いますけども、頭の良い子は多いけれども人に対する思いやりとか優しさ、人の心の痛みが分からない、命の大切を知らない子どもがたくさん増えてきております。頭と心と体がばらばらで動機が単純で死ということに何も感じなくてスリルを楽しむ、遊び型の非行が増えてきているのも原因の一つではないでしょうか。
家庭というのは非常に大切だと思います。2人でつくった大切な子どもです。お父さんも子育てに対する男女共同参画の意識を醸成していただいて、協力して育ててこそ家族の繋がりができ、また、自分の家庭しか見ず他の家庭については無関心ということなく、地域ぐるみの子育てで「うちの子に限っていい子」の過ちを少なくしていきたいと思っています。両親の意識改革、地域皆さんの意識改革で子どもの小さなサインを見逃すことなく取り組んで欲しいと思います。本当に自分から動き出していくことが大切じゃないかと思っております。
-
荻田
男性の育児参加ですね。ちょっと振り返ってみますと、子どもが3人とかいる家庭は、お父さんの育児参加が非常に立派なのです。だから、3人生めたのか、3人いるから父親が積極的に参加したのか、その辺り「卵が先か鶏が先か」どちらか分からない部分はあります。専業主婦の方が夫に家事、育児を手伝ってもらう割合が多いそうですけれど、仕事をしている女性は分担を考える暇さえない。そして、つい家事、育児の何もかも背負い込み、その上、仕事で疲れ果てる。そのあたりが、2人目、3人目をためらう理由だと思います。やはり、子どもが多くいる家庭は、お父さんがしっかりとサポートしているということは確かです。
(会場の出席者との質疑応答)
-
宮武
やはり子どもというのは「歴史の希望」だという言葉があるそうです。その希望を育てるのに手間、暇、金を惜しんではいけないということがひとつあるかと思います。また、女性達が子どもを生んでみようと思えるような社会にしていくこと、結果的に子どもが生まれてくれれば幸いでありますけども、それを「生めよ増やせよ」と言って旗を振っているような時代ではありませんし、そういう意味では結果的に子どもが増えてくれればいいなあっていう気が致します。またいろんな楽しみがあるけども、子どもを育てるってことほど奥深い人生の楽しみはないっていう、そういう価値観みたいなものが私どもの中に生まれてくればいいのかなという、そういう気がご意見を聞いてしました。
どうもありがとうございました。
-