寄付者からのメッセージ

お名前
匿名希望  様
 農家の三男に生まれた私は、物心ついた頃より、成人したら郷土を離れ都会で生計を立てるものだと親も子もそれとなく理解していたように思われます。(これが世間一般の常識だったのか?)
 そんな関係で就職がし易い地元の工業高校に進んだ。ところが昭和34年卒業時は就職難の真っ只中。ブラブラも出来ず希望先を探しながらバイトに精を出していた。幸いなことに、やがて来る経済成長の波に助けられ、北九州の大手鉄鋼会社を受験し何とか就職が決まった。
 その後、千葉県に転勤になり無事年満。現在はグラウンドゴルフを楽しんでいる。
 初帰省は、八幡を夜行の急行に乗り、延々8時間強をかけ身動きも出来ず立ったまま岡山到着、宇野経由で連絡船に乗り、多度津に着いたのを昨日のように思い出す。
宇野からの船上で、初めて故郷の景色、空気にふれ、ふるさとの言い表せない程郷愁の感激を味わった。親兄弟との再会、幼友達との再会、高校の友達、恩師との再会・・・etc
 歳をとった今も友の風貌、環境、状況は違うものの初帰省の年に味わった感慨とほとんど今も変わらない。
 思い出すのは、子どもの頃、近所の悪ガキ共と7箇所巡りをし疲れ果てたのを今でも脳裏に焼きついている。
 弥谷寺、曼荼羅寺、山釈迦寺、甲山寺、善通寺、金蔵寺、道隆寺を一日かけてお参りしたというより、ただ巡り自慢したのを今でも懐かしく思い出す。今、思い出すとよく歩いたなあ〜と羨ましく思う。ふるさとよ 有難う。

多度津町
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