農業資料館

U.農具等

1.農耕用具

(1) 鍬(くわ)

 鍬類は、農業試験場にはあまり展示していないが、用途などにより細かく分類されているので、主なものを紹介する。

 鍬は農具のうち、最も基本的なもので、耕起、除草、作物の収穫等に用いられる。鍬は使用上から@打ち鍬、A打ち引き鍬、B引き鍬に分類される。打ち鍬は主に開墾用の堅牢な鍬で、引き鍬は主に砂質土壌の培土や除草等、浚(さら)え引く鍬である。また、刃床部(はしょうぶ)の風呂の有無によって、@風呂鍬(ふろぐわ)とA風呂無鍬に分類される。

・開墾鍬(かいこんぐわ)

 刃は長方形または心臓形で、反りがほとんどない。肩部の肉が厚い。

・唐鍬(とうぐわ)

 唐鍬は刃を厚く大振りに作った金鍬である。刃床部は曲面で、その幅が狭く、肉が厚く、堅牢な鍬である。打ち鍬に属し、開墾や根の切断に用いられた

・備中鍬(びっちゅうぐわ)

 備中鍬は刃床部の分岐したもので、歯の数は3〜4本である。打ち鍬に属し、開墾用や土工用の外に、田畑の耕起にも用いられた。それぞれ“みつんが”、“よつんが”とも呼ばれる。

・金風呂鍬(きんぶろぐわ)

 金風呂鍬は、風呂鍬の風呂を鉄製とした比較的新しい鍬である。主に、打ち引き鍬または 引き鍬で、田畑の培土、中耕、除草に用いられる。

・草削鍬(くさけずりぐわ)

 草削鍬は畑地、庭、道路等の除草用の鍬で、外国のホー(haw)にあたる。

 【唐鍬・備中鍬について】

 農民はしばしば領主の夫役にかり出されたが、それは道具持参であった。普通の鍬は、夫役に使えるほど丈夫なものではなく、特に重作業のできる唐鍬が、農家に備えられるようになった。また、江戸時代も後半(元禄時代以降)になると、特に粘湿地の耕起のために、風呂鍬とは全く違う形の備中鍬が現れた。

(2)鋤

「すき」と呼ばれる農具には、人力用の鋤と畜力用の犂とがある。鋤は鍬とともに古くから使われた人力用の耕起用具であり、真直ぐな柄の先端に刃を付けたものと、柄と刃が鈍角をなしているものとの二種類がある。いずれも人が足で刃先を踏み込んで土を起こすもので、スコップのように用いられた。


鋤(大辞泉から)

 【鋤について】

 木製の鋤は既に弥生時代から用いられ、これに鉄の刃先を装置したものも、早く古墳時代に使用されていた。奈良・平安時代には、近畿や中国地方の荘園地(貴族の経営地)で盛んに用いられ、その後各地に普及した。
 江戸時代に書かれた「百姓伝記」には、「鍬と踏鋤の得失は、熟練の問題もあって一概に論じられないが、粘質土の田畑をきりおこすには、後者の方が便利なことは論を待たない。」とある。

(3)犂(すき、り)

 犂は牛馬に引かせて、土壌を耕起する農具である。犂は鍬に比べて、作業能率が高いばかりでなく、楽にしかも深く耕すことができる。中国のほか、タイやミャンマーでは、現在でも広く利用されている。

@ 形態による分類

・長床犂(ちょうしょうすき)

 長床犂は犂床の長い安定な犂で、操作は簡単であるが、牽引抵抗力が大きく、深耕や裏作の畦立て耕には不適当である。大きな田を持つ上層の農家や湛水状態の水田で使われた。

・無床犂(抱持立犂:かかえもったてすき)

 床の極端に短い犂で、抵抗が少なく深耕に適し、畦立耕にも使用された。反面、不安定な犂で、手加減して耕やす深さを調節しなければならないため、使用に熟練を要した。狭い水田でも使いやすい利点があった。


   (大辞泉から)

・短床犂(中床犁)

 短床犂は、長床犂と無床犂の長所を取り入れた改良犂で、大正時代から昭和30年頃までの日本の犂は、ほとんどがこの犂である。


    短床犂

A 土壌の反転方向による分類

・単用犂(たんようすき)

 単用犂は犂先が犂床に固定されていて、壌土の反転方向は常に同じである。従って往耕と復耕の土の反転方向は反対になる。このため稲の刈り取り後の畦立て耕には、この犂が最も便利だった。
 日本の犂は、一般には使用者の左へ反転するように作られているが、高知県やその他いくつかの地方では、右へ反転する犂が用いられた。

・双用犂(そうようすき)、両用犂(りょうようすき)

 双用犂は往耕と復耕の壌土が、同一方向に反転するので、畑地や傾斜地あるいは小区割のほ場の耕耘に適している。両用犂は、把手を左転、または右転することによって犂先を反転するようになっている。

  【犂からトラクターへ】

 明治末期には、機能的に優れた日本特有の短床犂が完成し、全国に普及した。他の犂には見られない「畦立て耕」が可能であったため、裏作が可能となり、水稲の安定多収にも貢献した。
 この近代短床犂が完成した頃は、日本の近代産業が発展し始めた頃であった。その後、農村の人口が都市に吸収されていくにつれて、農作業の省力化への要求が、次第に強くなっていった。こうした中、昭和9年には岡山県で、ほぼ実用的なロータリー耕耘機が登場した。
 戦後になって、本格的な機械化が始まった。まず、昭和20年代後半からの動力脱穀機の急速な普及、ついで30年代のいわゆる「耕耘機ブーム」の到来である。日本の農業は、それまでの牛や馬の時代から、機械化の時代を迎えたのである。

(4) 砕土・代かき用具

・馬鍬(うまぐわ)

 馬鍬は軟らかい土質の田や、耕起した後の湛水田の代かき用として、明治時代から昭和30年頃まで使用された。


  中央:馬鍬、左上:砕土機

田下駄(たげた)

 田下駄はかんじきの一種で、泥の上を歩いたり、水田の作業で履き物である。その形態・構造の点から、板型・枠型・箱型等に分類され、用途としては、泥湿地や深田における作業用と代かき用の2種類がある。
 深田や泥湿地における田植えや稲刈りなどの作業で使われる田下駄は、小型の種類である。また、代かきや、堆肥・レンゲ草などの肥料を踏み込むときや、代ごしらえのために使用される田下駄は、主として大型である。


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