|
良質の小麦があった |
| 江戸の中期(1713年)に出版された『和漢三才図絵』に「讃州丸亀の産を上とす」とあるように、讃岐の国では、古くから良質の小麦を産していました。また、昭和に入ってからも、香川県産の麦は、兵庫県産や岡山県産のものと並んで「三県麦」と称されるなど、全国的に高い評価を得ていました。これは、温暖で雨が少ないといった気候条件や土壌などが小麦の栽培に適していたからで、この質の良い小麦から、香りがよく、適度な粘りと弾力があり、しかも口当たりの良い「うどん」がつくられたわけです。 |
|
|
| |
|
盛んだった塩作り |
| 瀬戸内海沿岸では、古くから塩づくりが盛んで、19世紀のはじめには、全国で生産される塩の約90%を、十州塩田(
讃岐をはじめとする瀬戸内海沿岸の塩田)産が占めていました。この十州塩田のなかでも、讃岐でつくられ
る塩は、赤穂(兵庫県)の塩と並んで特に良質とされていましたが、こ れは、海岸一帯の砂浜が長くて、遠浅で、潮の
干満の差が大きく、さらに、一年を通じて雨が少ないなど、気候風土が塩づくりに最適であったからです。そして、この豊富で質の良い“塩”が「うどんづくり」の材料の一つになったのです。
|
 |
昭和初期の入浜式塩田作業風景
[写真提供]財団法人塩事業センター |
|
|
| |
|
醤油の名産地 |
| 讃岐では、江戸時代の文禄年間(1592〜1596)に、小豆島で醤油づくりがはじまったといわれており、温暖な気候風土に恵まれるとともに、良質の小麦や塩などの原料を産出するなど、醤油の醸造に最適の環境にあったことから、品質の高い醤油がつくられるようになりました。また、その醤油は、海上交通で京阪神へ送られるという地の利もあって、小豆島は、やがて、わが国を代表する醤油の産地の一つにまで発展していきました。この質の良い“醤油”が、うどんの「だし」の材料になったのです。 |
|
|
| |
|
おいしいいりこ |
| 讃岐では、うどんの「だし」の素材としてイリコ(煮干し)が使われていました。瀬戸内海は、このイリコの原料であるカタクチイワシの宝庫で、特に、観音寺市の沖合に浮かぶ伊吹島は、瀬戸内海沿岸を代表するイリコづくりの中心地として知られています。このように、うどんづくりの材料となる“小麦”と“塩”、だしの素材となる“醤油”や“イリコ”などの良質の食材が手近に入手できたことに、讃岐人の器用さが手伝って、本場の「讃岐うどん」が生まれ、育っていったのです。 |
|
瀬戸内海で水揚げされたカタクチイワシ
|
[写真提供]さぬきうどん研究会 |
|
|
| |