香川県埋蔵文化財センター

 発掘現場通信 太田原高州遺跡(太田上町志度線バイパス建設工事に伴う発掘調査) 


緑色の管玉


  現在判明しているだけで、溝で囲まれた方形の区画が四つになりました。

そのうちひとつは長さ25m、幅5mの長方形の区画で、内側に棺の跡が4基つくられていました。

KOT2_120202_01.JPG - 221,083BYTES 長方形の区画

 

もっとも大きくて深い棺の跡からは緑色の石でできた管玉が2点見つかりました。

別の棺で確認された水晶の玉と同じく、葬られた人のアクセサリーと思われます。

KOT2A_120201_02.JPG - 56,622BYTES 棺の中から見つかった管玉

 

KOT2_120202_03.JPG - 169,863BYTES 深くて大きい棺の跡

2012年2月2日)

小さな水晶の玉


 周溝墓の棺の中から水晶の玉が7点出土しました。

いずれも直径7mmで中心に孔が開けられています。

 形を細かく観察すると、そろばんの玉のような形をしているものと、丸い玉のような形をしているものがあります。

葬られた人が首飾りなどとして身につけていたのでしょう

 

KOT2_SUISHOKODAMA.JPG - 448,523BYTES 小さな水晶の玉

 当時、水晶の玉は京都の北部や鳥取でつくられていました。

 日本海側にある二つの地域のどちらかからもたらされたものと思われます

2012年1月20日)

県立聾学校の子どもたち


 2012年1月12日、香川県立聾学校小学部の子どもたち11名が発掘現場に来ました。

まず、出土した土器や復元図を使って子どもたちに周溝墓のことを説明しました。

その後、職員や先生と一緒に周溝墓の溝を発掘してもらいました。

KOT2_120117_01.JPG - 235,590BYTES 周溝墓の溝を発掘する

 

KOT2_120117_02.JPG - 177,380BYTES 道具を使って発掘する

 

 学校のすぐ近くに遺跡があることを知ってもらえたと思います。

2012年1月17日)

方形周溝墓に供えられた土器


 方形周溝墓の溝からは完全な形に近い土器が見つかりました。

 墓に供えられたものが溝の中に転落したのでしょう

KOT2_111228_01.JPG - 185,037BYTES 石とともに溝に転落した土器

 

KOT2_111228_02.JPG - 255,833BYTES  KOT2_111228_03.JPG - 232,920BYTES 完全な形に近い土器

 

 

 これらの土器の底には孔が開けられています。

 孔を開けることで、日常容器としての機能を失わせ、墓に供えるための土器にしていたようです。 KOT2_111228_04.JPG - 205,179BYTES KOT2_111228_05.JPG - 176,345BYTES底に孔が開けられている

2011年12月28日)

方形周溝墓群の想像図


 2011年12月10日の現地説明会では、弥生時代の方形周溝墓群の想像図を描いて発掘現場の過去の様子を解説しました。

 

OTAHARATAKASU_SHUKOBO.JPG - 74,023BYTES 

方形周溝墓群の想像図(中村景子さん作)

溝の角で見つかった土器からは四隅に土器がお供えされていたこと、溝に落ち込んだたくさんの石からは斜面部 に石を貼り付けて補強と視覚的な効果を高めていたことなどが推定されます。

発掘現場で実際にご覧になった棺の跡や大きな溝と合わせて、弥生時代の墓についてイメージする手がかりになったのではないか、と思います

2011年12月20日)

方形周溝墓群


 溝の形状や棺の跡などから、これまで確認した遺構が方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)であることが確実になりました。

 方形周溝墓とは、方形に溝を巡らせて内側に土を盛り、その中央付近に遺体を埋葬するタイプの墓です

KOT2_111215_01-S.JPG - 184,968BYTES 方形周溝墓

KOT2_111215_02-S.JPG - 181,469BYTES 棺の跡

  

 この遺跡では5基以上確認しています。

KOT2_111215_03-S.JPG - 205,745BYTES 方形周溝墓群

   つくられたのは弥生時代中期終わりころから後期初めにかけて(約2,000年前)です。

当時の香川県では、この遺跡を除いて同じようなタイプの墓はありませんでした。

 方形周溝墓は主に近畿地方や徳島県あたりに見られるため、この遺跡の墓もそれらの地域からもたらされたのかもしれません。

2011年12月15日)

雨の中での現地説明会


 2011年12月10日に、発掘調査現場で説明会を開催しました。

 ちょうどその時間だけ雨が降るという悪条件にもかかわらず、218人の方にご参加いただきました。

KOT2_111214_01.JPG - 1,181,844BYTES 傘の花が咲いた会場

2011年12月14日)

棺の跡


 溝に区画された部分から長方形の穴のようなものが見つかりました。

 長さは2mを越えます

KOT2_111206_01.JPG - 196,672BYTES 区画の中央で見つかった長方形の穴

 

KOT2_111206_02.JPG - 184,870BYTES 人が入れそうな大きさ

 

 掘り下げてみると、木の板を組んで中に入れていたことが分かりました。

 亡くなった人を納めた棺が埋められた場所のようです。

KOT2_111206_03.JPG - 173,360BYTES 木の棺を埋めた跡

2011年12月6日)

方形に区画する溝


 弥生時代の溝は複数見つかっています。

 大きな溝だと幅が3m、深さが1mにもなります。

 直角に曲がるだけではなく、平行する溝もあります

KOT2_111205_01.JPG - 215,941BYTES 石のある窪みが溝

 

 これらの溝で区画されるものは、どうやら方形になりそうです。

2011年12月5日)

完全な形の弥生土器


 溝の中から完全な形の弥生土器が出土しました。

弥生時代中期のものです

KOT2_111111_01.JPG - 124,433BYTES 完全形の弥生土器

 

 通常、遺跡から見つかる土器は破片の場合が多く、完全な形で残っているのは稀です。

土器が見つかった溝は、検出した現状では直線的で、直角に曲がるなどの特徴がみられます。

水路などではなく、何かを区画するためにつくられたようです。

 今後、掘り進めてその内容を明らかにしていきたいと思います

KOT2_111111_02.JPG - 195,259BYTES 区画の溝?

2011年11月11日)

小学生の現場見学


 2011年10月24日、小学生5名が見学に訪れました。

 遺跡の解説をした後、発掘を体験してもらいました。

 ベテランの職員に教わりながら、みなさん熱心に取り組んでいました。

 「暑かったけど、楽しかった」、「土器を見つけてうれしかった」などの感想をいただきました。

 2011年11月1日)

 

柵の跡を確認


 柵の跡が見つかりました。

 2列の柱穴が等間隔で並んでいます

KOT2_111024_01.JPG - 156,289BYTES 並ぶ柱穴

 

 また、古墳時代の須恵器が出土する遺構があります。

まだ遺構の状況がはっきりしないので、部分的に掘って確認しています。

KOT2_111024_02.JPG - 166,853BYTES 部分的に掘る

2011年10月27日)

発掘調査の開始


 2011年10月12日、太田原高州遺跡の発掘調査を開始しました。

隣接地の発掘調査の結果から、古墳時代から飛鳥時代にかけての集落跡が広がるものと思われます。

発掘調査の場所                   重機を使って掘り下げる

KOT2_111012_01.JPG - 364,914BYTES KOT2_111012_02.JPG - 174,353BYTES

 2012年1月までの調査を予定しています。

2011年10月17日)

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