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植松おさみの【来てみんな香川】
※「来てみんな」とは来てみませんかの香川の方言です。
世界の海を駆けた塩飽の勇者たち
瀬戸内には、名だたる2つの水軍があった。愛媛の村上水軍と香川の塩飽水軍。村上水軍が勇猛な戦闘水軍で知られるのに比して、塩飽水軍は、その操船技術・造船技術で名をはせ、後に回船業で多くの船方衆が富を築くことになる。
塩飽諸島は、周囲16キロの本島を中心にした備讃瀬戸の大小28の島々の総称だ。塩飽の海の男たちの勇躍は鎌倉・室町時代にさかのぼるが、塩飽水軍の名が世に出るのは、織田・豊臣時代。他の水夫たちが航海をあきらめるほどの荒らぶる海を乗りきる見事な操船技術と豪胆さ。秀吉の島津攻め、北条攻め、朝鮮出兵の海上輸送の功労として、これらに携わった650人に対し、塩飽の島に1250石の領地が与えられ、大名に対して「人名(にんみょう)」と称した。以降、塩飽諸島は650人の船方衆の共有財産として、その中から選ばれた4人の「年寄(としより)」たちによって交代で政治が行われた。
その政務を執った場所が「塩飽勤番所」だ。現在は塩飽水軍の資料館として、信長・秀吉・家康から与えられた朱印状や海路図をはじめ、数多くの貴重な資料が保存・展示されている。
塩飽船方衆が最後に名をあげたのは、日本人の手で初めて太平洋を横断した咸臨丸の快挙だ。この時乗船した水夫50人のうち、実に35人が塩飽出身の水夫であった。
塩飽勤番所
○開館時間 / 9:00〜16:00
○休館日 / 月曜日、12/29〜1/3
○入館料 / 大人200円・小人100円
本館(現・資料館)
江戸時代に塩飽の政所であった本館。朱印状はじめ大岡越前守の押印もある高松藩と塩飽領の漁場紛争の判決書、咸臨丸水夫の遺品など興味深い資料が数多く展示されている。
御朱印蔵
御朱印蔵
織田・豊臣時代、徳川300年を通じて与えられた朱印状や海路図など、重要な書類が石櫃に納められて御朱印蔵に大切に保管されていた。本館奥。
夫婦倉(昭和63年改修)
江戸時代に建てられた二連式の倉。回船業で栄えた島の栄華をほのぼのと今に伝える。
>>>植松おさみ
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