島というのは人を育てるのに一番の場所
伊集院 教育というのは手作業だと思います。手作業という意味の中には、実際に手で触れたり、行動で何かを伝えるということが含まれていますが、それが最近は少なくなってしまった。それと、先生だから何でもできるという考えを否定したかった。先生の方が言葉をしゃべれないということで、既成の価値観を超えた新たな理解が始まるような気がしたのです。
知事 先生も人間であるということに変わりはないですね。島のような豊かな自然が広がる場所で、先生と子どもたちがぶつかり合うことが大切なんでしょうね。
伊集院 そうですね。豊かな自然環境のもとで育った子どもたちの方が思いやりがあるような気がします。ところで、香川県にはいくつぐらい島がありますか?
知事 有人島が24、無人島も合わせると全部で116です。機関車先生のロケがあった本島は、塩飽(しわく)諸島という潮の流れが非常に速い島々の一つです。この塩飽諸島の船乗りたちは造船と船を操る技術に優れていたので、日本で初めて太平洋を渡った「咸臨(かんりん)丸」には、塩飽諸島の水夫が大勢乗り組んでいました。
伊集院 地中海のバルセロナによく似ていますね。バルセロナの漁師も海洋技術に非常に優れており、この地域では海を利用した交流が盛んで、古くから文化が栄えていました。そんな背景の中でピカソやミロ、ガウディといった芸術家が育ったんだと思います。私は、島というのは人を育てるのに一番の場所だと思います。
知事 その通りですね。今、香川県では「さぬき瀬戸塾」といって島の活性化の中心となるリーダーを育てる活動をしています。また、小豆島では、中高生や一般の方が泊り込みで国内トップクラスの講師陣の指導を受けながら創作活動を行う「美術ワークショップイン小豆島」も開催しています。
伊集院 それは、とてもいい取り組みですね。島では芸術に触れる機会が少なくなりがちですので、そのようなワークショップはどんどん催すべきです。話は変わりますが、瀬戸内海の島の文化の特徴の一つに言葉があります。島々に残る言葉には公家言葉が多く、これは東北地方の言葉と並んで美しい言葉だといわれています。
島には日本文化のエッセンスが残されている
知事 言葉もそうですし、それ以外にも島独特の貴重な歴史や伝統が多く残されています。瀬戸内海は、大陸から新しい文化が伝わってきた重要な場所であり、それぞれの島には日本文化の貴重なエッセンスが残されおり、これらの文化を大切に残していくことが重要だと思っています。
伊集院 さまざまな文化で瀬戸内海がつながっていく。そんなネットワークができればいいですね。私のふるさと三田尻では、毎日のように四国から船が来ていました。外国からの船の姿もありました。そんな町で育った私は、いつかこの海を渡ってどこかへ出て行くんだろうなと思っていました。少年たちにとって海は入口でもあり、また出口でもあったのです。そして島は、少年の想像力を育てたり、人々を温かくつないでくれる場所でした。
知事 瀬戸内海の島を舞台にした映画「機関車先生」の封切りが本当に待ち遠しいですね。島の素晴らしい自然を背景にした、人と人との優しく温かい物語をスクリーンで見てみたいと思います。そして、瀬戸内海の島の魅力が一人でも多くの人に伝わればと願っています。
「機関車先生のあらすじ」
昭和30年代のはじめごろ、瀬戸内の小さな離れ小島の港に、一人の青年が降り立った。青年は全校生徒7人の、島で唯一の小学校に臨時の教師として赴任してきたのだ。身長180cmを優に超える大男。鍛え抜かれたがっしりとした体格、日焼けした顔に柔和な表情をたたえるその男は、まさに、非の打ちどころのない偉丈夫(いじょうふ)、申し分のない青年だったのだが…。
子どもたちが固唾(かたず)を飲んで見守る中、男は誰とも言葉を交わさず、一言も口を利かない。全く声を発しないのだ。不思議そうな顔の子どもたちをよそに、教壇に立ったその男は、にこりと笑顔を返すと、黒板に向かってチョークを走らせた。『ぼくのなまえは吉岡誠吾です。ぼくは話をすることができません。でもみなさんといっしょにしっかり勉強します。どうぞよろしく。』瀬戸内の輝く春の光とともにやって来たその先生は、口の利けない男だったが、7人の小学生たちにとっては、何とも言えない不思議な明るさと魅力に満ちあふれた先生だった。生徒たちは、先生を、なぜか…『機関車先生』と呼ぶことにした。(平成16年陽春、全国ロードショー)
写真:撮影ロケ風景
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