特別展の詳しい情報

次回の特別展

讃岐びと、時代を動かす ー地方豪族が見た世界ー

 香川県立ミュージアムと香川県埋蔵文化財センターの共同企画による展覧会です。 近年の讃岐国府跡をはじめとする香川県内の古代遺跡の発掘調査の成果や、文献資料の再検討などを通じて見えてきた、新しい讃岐の古代史を紹介します。
                     
「ワシが誰だか知りたいやろ?」
 
「前賢故実」巻第四上(国立公文書館所蔵)讃岐永直 より作画
 

会期 平成2910日()~1126日(
 ※休館日:月曜日(ただし10月9日は開館)、10月10日
      上記以外に臨時休館する場合があります。
開館時間 9:00~17:00/夜間開館日(毎週金曜日)は19:30まで
(入館は閉館の30分前まで)
会場 香川県立ミュージアム 特別展示室、常設展示室4・5
観覧料 一般 1,000円 / 前売・団体(20名以上)800円
※特別展観覧券でじょうせつてんがご覧いただけます。
※ 高校生以下の方、65歳以上の方、身体障害者手帳等をお持ちの方は無料  
割引チケット 平成29年8月22日(火)から発売開始‼
販売場所
①香川県立ミュージアム、コンビニエンスストア(ローソン、ミニストップ、ファミリーマート、サークルK・サンクス、セブンイレブン)《10月6日まで》詳しくはこちら!
②JR四国みどりの窓口 《11月26日まで》
開会式・内覧会 平成29年10月6日(金) 14:00~
組織 主催|香川県立ミュージアム 、香川県埋蔵文化財センター
共催|四国新聞社、NHK高松放送局
後援|香川県文化財保護協会、香川県小・中学校文化連盟、香川県中学校教育研究会美術部会、朝日新聞高松総局、産経新聞高松支局、山陽新聞社、日本経済新聞社高松支局、毎日新聞高松支局、読売新聞高松総局、OHK岡山放送、RSK山陽放送、KSB瀬戸内海放送、TSCテレビせとうち、RNC西日本放送、FM香川、FM815
助成│芸術文化振興基金
関連イベント ①シンポジウム「地域から見る古代史の可能性」
②シリーズ講座第3回「讃岐びとの行く末 次の時代への展開」
③ワークショップ「ミュージアム学園」
④現地見学会「讃岐国府ってどんなところ?」
⑤コンサート「音で楽しむ、昔のおはなし」
⑥フリーワークショップ「古代のラゲッジタグ(荷物札)-付札木簡づくり」
⑦ミュージアム・トーク
⑧着付体験-天平衣装
⑨郷土の魅力発信プロジェクト「さぬきる」


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見どころ

コンセプトは『仰天‼時代を動かした“がいな”讃岐びとたち』
●新たな古代史像を提示します
従来の古代史像をチェンジ! 地方が主人公となる古代史像を提示します。
●主人公は地方豪族
地方豪族を主人公とすることで、古代国家の成立や経営が、地方のエネルギー抜きでは、到底なしえなかったことを紹介します。
●古代讃岐の底力を解明します
古代国家を支え動かした、讃岐びとの活躍のありさまや、当時の讃岐国が誇った底力(政治力・学力・宗教力)をご覧いただきます。
●県内の自治体、関係機関と連携します
高松市・坂出市と連携し、展覧会・見学会・シンポジウム等を通じ「めぐるめく讃岐 1400年紀行」と冠し、「讃岐の古代を実感し体験する秋」を演出します。


展覧会紹介

[概  要]
 今から1000年以上前の「古代」は、讃岐にとってどのような時代だったのでしょうか?
 讃岐国府跡をはじめとした古代遺跡の発掘調査、文献資料の再検討から、今まで中央(都)から 語られてきた古代史を讃岐目線で読み解きます。       
 古代の讃岐びとは、最新の文化や制度をいち早く吸収した上で使いこなし、讃岐という地域のポテンシャルを高めていきます。その結果、国家の官僚、法律学者、名高い僧侶を次々と輩出する「人材 爆発」が起こります。彼らは中央政府や宗教界で大きな役割を演じ、地域支配のあり方を変えていく 原動力となりました。まさに「讃岐びと」が時代を動かしたのです。
 彼らが生きた時代にかたちづくられた地域の枠組みは、現代も「地域性」として私たちに影響を与えています。「讃岐びと」の歴史の営みに思いをはせ、彼らの生きざまの上に、現在の私たちの暮らしが あることを実感していただく機会になれば幸いです。

[展示構成]
プロローグ—古代という時代、そこに生きた豪族たち
第1章 讃岐びと、あらわる
 1 新たな時代を受け止める
 2 丸部臣(ワニベノオミ)の挑戦
 3 知をもって報いる 舎人国足(トネリノ クニタリ)
第2章 地域を経営する
 1 女性経営者 田中真人広虫女(タナカノマヒト ヒロムシメ)
 2 有力寺院とつながる
第3章 「人材爆発」の時代
 1 9世紀の讃岐国
 2 僧侶輩出
 3 学者官僚たち 讃岐永直(サヌキノ ナガナオ)に極まる
 4 新たなアイデンティティ
第4章 都びととのせめぎ合い
 1 国司のまなざし
 2 讃岐国府
 3 地域の再開発
 4 最後の戸籍
第5章 新たなくにづくりへ
 1 地方豪族たちの宿営地 留守所
 2 血統の再生    

[主な展示品] 国宝7点、国指定重要文化財13点、香川県指定有形文化財4点、高松市指定有形文化財2点


安田靫彦 守屋大連
1.安田靫彦 守屋大連 愛媛県美術館蔵

歴史画を多く手掛けた安田靫彦(やすだゆきひこ・1884~1978年)が24歳の時に描いた物部守屋(もののべのもりや)の姿。考証を経て描かれた古代豪族のイメージを喚起する作品で、そこに表された人物の、ふてぶてしさとみなぎる力は、古代という時代を生きた豪族たちの生き様を感じさせる。

 
猫坂古墓出土遺物

2.猫坂古墓出土遺物  東京国立博物館蔵

 三豊市高瀬町にある猫坂古墓(ねこさかこぼ)から出土した遺物。銅製の骨蔵器(写真中央)を、陶製容器(写真左)に納めて埋葬されていた。8世紀初頭には、古墳に代わる墓制としていち早く火葬の習俗を受け入れ、おそらくは都で作られた銅製の骨蔵器に遺骨を納めていたと考えられる。都での流行をキャッチし、いち早く導入するという動きを、8~9世紀に三野郡司として登場する地方豪族・丸部臣(わにべのおみ)氏が主導していた。
妙音寺出土軒丸瓦 3.妙音寺出土軒丸瓦 香川県立ミュージアム蔵

 7世紀中ごろ、現在の三豊市で讃岐最古の寺院・妙音寺(みょうおんじ)が建てられる。この寺の瓦は約7キロ離れた宗吉瓦窯(むねよしがよう・三豊市三野町)で製造されたものである。宗吉瓦窯は日本最古の瓦葺宮殿である藤原宮へ瓦を供給しており、妙音寺・宗吉瓦窯を経営した人物は、寺院建立と宮殿建設という当時の施策について把握し、自らのポジションをいちはやく定めたことがわかる。
国指定重要文化財 瑜伽師地論巻第八十四

4.国指定重要文化財 瑜伽師地論巻第八十四  石山寺蔵

 山田郡殖田郷(現在の高松市西植田町あたり)出身と考えられる舎人国足(とねりのくにたり)は、744年(天平16年)、瑜伽師地論(ゆがしじろん)100巻を写経するプロジェクトに取り組んだ。貴重な紙や墨の調達、写経のプロ(写経生)を集めるためには財力が必要であったが、それを可能にしたのは、殖田郷の経済基盤と舎人国足がもっていたネットワークであった。

国指定重要文化財 弘福寺領讃岐国山田郡田図(部分) 多和文庫蔵
5.国指定重要文化財 弘福寺領讃岐国山田郡田図(部分) 多和文庫蔵

 現存する荘園図のうち、最古の年記(天平(てんぴょう)7年<735年>)をもち、飛鳥四大寺と称された弘福寺(ぐふくじ)(川原寺)の讃岐国内、高松平野中央部に設定された寺領を描いたもの。縦横に引かれた線は国家が施行を目指した当時の土地区画である条里(じょうり)地割を表し、旧河道を利用して開発が進められる寺領、その周囲にある他の耕作者の土地というように、国家や寺院、それらに対し立ち回った土地開発者、各々の思惑や意思が、図から読み取れる。

国宝 円珍俗姓系図 (冒頭部分)園城寺蔵、奈良国立博物館保管
6.国宝 円珍俗姓系図(冒頭部分) 園城寺蔵、奈良国立博物館保管

 讃岐国出身の高僧円珍(えんちん)の出自を示す資料。ところどころに円珍自筆による追記が見える。この系図によると円珍を出した因支首(いなぎのおびと)氏は、7世紀に伊予国から讃岐国にやってきた忍尾別君(おしおのわけのきみ)が当地の因支首の女と婚姻し、因支首氏になったことがわかる。因支首氏は、9世紀初めに伊予国の和気氏と同族であることに自らのアイデンティティを見出し、和気氏への改姓を目指す。

国指定重要文化財 十一面観音立像 綾川町堂床区蔵
7.国指定重要文化財 十一面観音立像 綾川町堂床区蔵

 十一面観音や千手観音は「変化観音」と呼ばれており、密教やヒンズー教の影響を受けて成立した像。讃岐国では、10世紀以降の作例が多くみられ、山岳寺院などで祀られていることに注目を集めている。
 本像は、綾川町にあった龍燈院綾川寺で祀られていたが、明治初年の神仏分離により龍燈院が廃寺となって以降は、綾川町堂床地区の人びとによって大切に伝えられてきた像である。
 讃岐国司として赴任した菅原道真が自ら刻んだという伝承をもち、天神信仰との関係もうかがえる。

讃岐国府跡における大型建物跡
8.讃岐国府跡における大型建物跡

 讃岐国府跡では、近年の発掘調査によって、様々なことが判明してきた。 特に塔跡が残る開法寺の東方地区でみつかった大型建物群跡からは、8世紀後半から10世紀前半にかけて、藤原純友の乱による炎上(940年)といった被害を受けつつも、継続的に同じ配置を保ちながら建て替えられていることが判明した。これらの建物で構成される区画は、国府の政務を執り行う中枢の施設部分であったと想定される。

国宝・世界記憶遺産 東寺百合文書より 留守所下文案(るすどころくだしぶみあん)都府立京都学・歴彩館蔵
9.国宝・世界記憶遺産 東寺百合文書より 留守所下文案(るすどころくだしぶみあん) 京都府立京都学・歴彩館蔵

平安時代中期以降、中央から国司が赴任することが稀となり、国府は「留守所」と称され、政務は地域の有力者や有能者が「在庁官人」(ざいちょうかんじん)として執り行うようになった。多度郡の郡司あてに出されたこの文書の、署名部分を見ると、「佐伯」、「凡(おおし)」といった古くからの讃岐の地方豪族の姓が見える。地方豪族は、したたかに生き抜いて、国の政務を担っていたのである。

阿弥陀如来立像 善通寺蔵
10.阿弥陀如来立像 善通寺蔵

 銅の一鋳で制作された像。背面下部にある陰刻銘から、延慶3年(1310年)に作られたことがわかる。また空海の出自である「佐伯」という姓や、国府に勤める在庁官人(ざいちょうかんじん)を思わせる呼称も刻まれている。12世紀以降の弘法大師信仰の隆盛によって寺勢を盛り返す善通寺と、在庁官人でもある佐伯氏とのつながりを知ることができる作品である。