江戸講中燈籠(復原) 江戸講中燈籠 復原
(天保9年(1838)銘)

四国への上陸口として丸亀の湊は金毘羅参詣の旅客など多くの人々が訪れた。江戸講中燈籠は、新堀の船着場を造るにあたり築かれた。基壇に1385にも及ぶ講の参加者や団体が刻まれている。塩原太助の名は最も大きく刻まれ、別名「太助燈籠」の由来となっている。