特別展の詳しい情報

常設展示室1

明治150年関連企画 
讃岐の幕末
ー新時代到来のゆらぎー   

   
会期 平成3083日(金)~924日(月・祝)
■開館時間:9:00~17:00  
※夜間開館[ 8月10日(金)、9月21日(金)は金曜日は19:30まで]
■休 館 日:毎週月曜日 
※8月13日(月)、9月17日(月)・24日(月・祝)は開館
※9月18日(火)は休館
展示内容  本年は「明治150年」の年にあたっており、全国的に幕末維新から明治初期に関連した展示・行事が開催されています。当館でも現在関心が寄せられている「明治」という節目の時期について慶応から明治初年に焦点をあてて展示します。
 今回の展示では、高松開城、松崎渋右衛門謀殺、土肥大作襲撃をとりあげます。高松開城は、讃岐の3分の2を治めた大名高松松平家の幕末における立場を象徴する事件であると同時に、丸亀藩や多度津藩も関わった出来事であり、香川県における幕末から明治の転換期における状況をよく示しています。
 また、高松藩士である松崎渋右衛門が藩士によって謀殺された事件や丸亀藩士で新政府の官吏となった土肥大作が旧藩士によって襲撃された事件は、明治新体制の導入にあたっての動揺と混乱を如実に表しています。  これらの出来事を通じて、新しい時代を社会が受け入れるようになるまでの道のりの険しさを考えていきます。
展示点数 50点 
観覧料
一般410円(20名以上の団体は330円)
高校生以下、65歳以上の方、身体障害者手帳等をお持ちの方は無料
*特別展開催中は特別展観覧券でも観覧可

関連行事

ミュージアムトーク(担当学芸員が展示内容について分かりやすく解説します)

日時 8月18日(土)、9月15日(土) 各13:30~
*申し込み不要、観覧券が必要
場所 常設展示室1

学芸講座「讃岐の幕末」

日時 9月9日(日) 13:30~15:00
*要申込(定員70名、申込順)
 詳細・申込みはこちら
場所 当館地下1階 研修室

主な展示品

松平頼該像(まつだいらよりかねぞう)嘉永3年(1850)  個人蔵、当館保管
松平頼該像

松平頼該像(まつだいらよりかねぞう)
嘉永3年(1850)  個人蔵、当館保管

 松平頼該は高松松平家の一族ながら尊王攘夷派を保護する立場をとった人物。鳥羽・伏見の戦いに参戦したことにより朝敵となった高松藩が、新政府軍の出した条件を受け入れるか否かで意見が決まらなかった席上で、受け入れないならば自らの首をはねよと叱咤(しった)した一言によって、一気に条件受け入れに決定したと伝えられている。
 本図は、法華宗を通じて頼該と親交のあった旧家に伝わった自筆の自画像である。当館に寄託されてから初公開となる。
豊範半左衛門文化十三丙子年以来記録
豊範半左衛門文化十三丙子年以来記録
豊範半左衛門文化十三丙子年以来記録(とよのりはんざえもんぶんかじゅうさんへいしねんいらいきろく)
明治時代  個人蔵

 丸亀藩士各務(かがみ)半左衛門豊範に関する記録で、幕末から明治の丸亀藩の様子を知る貴重な資料。慶応4年1月17日に高松藩の使者が丸亀を訪れ、鳥羽・伏見の戦いにより朝敵となったが、官軍とは知らずに戦闘に至ったものであり、高松藩は「悔悟恭順」していることを隣国のよしみで取次いでほしいと歎願したことが記されている。
大黒屋長三郎書状
大黒屋長三郎書状
大黒屋長三郎書状(だいこくおやちょうざぶろうしょじょう)
慶応4年(1868)1月14日  さぬき市蔵

 高松藩が朝敵とされた事を藩主ら中枢部が知ったのは慶応4年1月12日ごろであったようである。このことが広まると城下はかなり騒然とする。田町の商人が姻戚に書き送った本書状によると、城下には軍船の到来や長州人の丸亀侵入のデマが流れ、藩士は慌ただしく登城し、多くの町人が城下を逃げ出そうと騒ぎになった様子が記されている。
金立馬連大馬験
金立馬連大馬験
高松松平家歴史資料コーナー
常設展示室1では、当館が収蔵する松平家歴史資料を定期的に展示替えをしながら公開しています。

金立馬連大馬験(きんたてばれんおおうまじるし)

江戸時代 高松松平家歴史資料

 馬験は、陣の位置を示すため立てられた道具。各武家によって異なる意匠が用いられた。馬連は「馬簾」とも書き、細長い紙や革を長くたらしたものを指す。この馬験では立ち上がった姿になっているので「立馬連」と名付けられている。  
 高松松平家が用いた馬験で、幕末の長州征伐の際に用いられたことが確認されている。