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県教育委員会の計画等

県立高校の学校・学科の在り方検討会議報告書(平成12年8月報告)

はじめに

昭和23年4月に新制高校が誕生してから50余年、わが国の高校教育は、当初40%程度であった高校進学率が今日では97%程度にまで達するなど、急激な量的拡大を遂げてきた。

本県においても、これまで、高校教育に対する県民の期待に応えるため、県立高校の整備や教育内容の充実が図られてきたが、この間の歩みを、生徒数の変化の面から振り返ると、次の4つの時期に大きく分けることができる。

第1の時期は、生徒数がピークとなる昭和40年度までの、第1次急増期である。いわゆる第1次ベビーブームによる中学校卒業者数の増加と高校進学率の上昇によって急増する入学者を、本県では、昭和37年度に三豊工業高校を新設したほかは、既設校の学級増と学級定員増によって受け入れたため、高松地区を中心に大規模校を数多く抱えることになった。

第2の時期は、昭和50年代初めまでの時期である。この時期には、中学校卒業者数は急減したものの、昭和30年代半ばから続いていた高校進学率の急激な上昇のため、生徒数の減少傾向が続く中にあっても、昭和51年度の時点で高松地区では公立高校の6校すべてが、全日制課程で34~47学級の大規模校となっている状態であった。

第3の時期は、第2次ベビーブームにより生徒数が再びピークを迎える平成2年度までの、第2次急増期である。この時期には、急増する入学者を受け入れるため、高松地区において、昭和52年度に高松西高校、58年度に高松北高校、62年度に香川中央高校の3つの県立高校が新設された。

第4の時期は、平成2年度以降、現在に至るまでの時期である。

この時期には、長期にわたる生徒減少が続く中、全県的には学校規模の縮小が進んだが、高松地区においては、他の地区に比べ生徒減少の割合が小さいことから、依然として大規模校が残ることとなった。

他方、生徒の学習ニーズの多様化や急激な社会の変化に伴う時代の要請から、新しいタイプの学校づくりが求められ、平成7年度には高松地区の大規模校解消を目的として、幅広い教科・科目選択を可能とした高松桜井高校が新設され、さらに、平成8年度には、本県初の単位制総合学科と単位制定時制課程を併設する三木高校が新設された。

また、既存の各学校においても、普通科における生徒の教科・科目の選択幅の拡大や専門学科の学科改編などが積極的に行われた。

今後、中学校卒業者数は、さらに平成20年度あたりまで減少が続くことが見込まれているが、こうした状況の中で、本県の各高校がそれぞれ活力を失うことなく、生き生きとした教育活動が展開できるよう、また、社会の急激な変化に対応するため教育内容を一層充実させることができるよう、県立高校の学校・学科の再編整備についての意見が本検討会議に求められた。

本検討会議では、概ね10年間(平成22年度まで)を見通した検討を重ねた。その結果は、次のとおりである。