(1) 発端から公害調停の申請まで

 

 昭和50年12月、土庄町豊島の豊島総合観光開発(株)(以下「豊島開発」という。)から県に対して、有害な産業廃棄物等を取り扱う産業廃棄物処理業の許可の申し出があった。
 住民の反対気運は強く、住民の代表から廃棄物処理場設置に反対する陳情等が行われた。一方、豊島開発の当時の代表取締役(以下「経営者」という。)は、早期の許可処分を要求した。

 昭和52年3月、当時の前川忠夫知事は、議会で、産業廃棄物の種類や量などの条件を付けて許可の方針を表明した。住民側は、なおも県に対して陳情書や抗議文等を提出したほか、昭和52年6月には、産業廃棄物処理場建設差止請求訴訟を提起するなどの対抗措置をとった。

摘発直後の豊島処分地(平成2年11月)

 昭和52年9月、豊島開発から、製紙スラッジ、食品汚泥、木くず、動物のふん尿を収集、運搬し、ミミズによる土壌改良剤化処分を行うとする事業内容変更の申し出があり、県は、昭和53年2月、同社に対して産業廃棄物処理業の許可を行った。

 ところが、その後豊島開発は、金属くず商の許可を受け、昭和50年代後半から平成2年にかけて、シュレッダーダスト(廃プラスチック類等)や廃油、汚泥等の産業廃棄物を収集し、同社が管理する事業場(以下「処分地」という。)に大量に搬入して、野焼きなどを続けるようになった。

 この間、県は立入検査を行っていたが、廃棄物の認定を誤り、豊島開発に対する適切な指導監督を怠った。

 平成2年11月、兵庫県警察が、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)違反の容疑で処分地の強制捜査を行い、豊島開発及び経営者は、平成3年7月、神戸地方裁判所姫路支部において、豊島開発が罰金50万円、経営者が懲役10月(執行猶予5年)の判決を受けた。

 県は、兵庫県警察の摘発後、処分地の立入調査や周辺地先海域の実態調査を行うとともに、平成2年12月、豊島開発に対して産業廃棄物処理業の許可を取り消し、さらに産業廃棄物撤去等の措置命令を行ったが、豊島開発は事実上事業を廃止し、膨大な量の産業廃棄物が豊島に残された。

 また、県は、平成4年12月から実施した立入調査の結果に基づき、平成5年11月、豊島開発に対して鉛直止水壁の施工及び雨水排水施設設置の措置命令を行ったが、実行されなかったため、平成6年5月、豊島開発及び経営者を廃棄物処理法に基づく措置命令違反で告発し、平成7年7月、豊島開発は土庄簡易裁判所から罰金50万円の略式命令を受けた。